174話 辿り着いた果て
「かはっ……!?」
リシテアは吹き飛んで、地面を転がる。
どうにか立ち上がろうと地面に手を立てているものの、しかし、力が入らない様子だ。
立ち上がろうとして、失敗して。
立ち上がろうとして、失敗して。
立ち上がろうとして、失敗して。
最後、まともに動くこともできなくなり、仰向けに転がる。
「……あたし、は……」
「リシテア」
彼女のところに歩み寄り、その傍らに膝をついた。
そして……短剣を手にする。
「なにか言い残すことは?」
「……なにもないわ」
リシテアは諦めた様子で、小さく呟いた。
「言い残す相手なんて……もう、いないもの。誰も……いないわ」
「……俺がいる」
不思議とそんな言葉が飛び出した。
「俺が、キミの最後の言葉を聞くよ」
「アルムが……?」
「なにか言い残したいことは?」
「……」
リシテアは顔を横にして視線を逸らす。
その状態で口を開いた。
「……別に。なにも」
「本当に?」
「ないわ」
「恨みとか、死にたくないとか。そういうの、あるんじゃないのか?」
「……そんなの」
リシテアは唇を噛んで。
怒りと悲しみが混じったような複雑な表情を浮かべる。
「なにも、言えるわけないじゃない……」
そう言うリシテアは、ひどく後悔した様子だった。
「国を追われて、酷い目に遭って、殺されそうになって……これ、全部……あたしがしてきたことよ」
「そうだな」
「だから……自業自得よ。そりゃ、死にたくなんてないけど、でも、今のあたしは死んでいるようなものだし……ううん。そんなことじゃなくて、もう……それだけのことをしてきた、って、今になってようやく理解したから」
「そっか」
ものすごく遅い。
遅いのだけど……
リシテアは『反省』することができた。
己の過去を振り返ることができた。
それは褒めるところなのかもしれない。
「……あのさ」
「ああ」
「あたし……アルムに酷いことをした。酷いことを言った」
「そうだな。けっこう、ぐさりと来たことがあったよ」
「うん……ごめん」
リシテアの頬を一筋の涙が伝う。
「ごめん、ごめんなさい……ごめんね、アルム……」
次々と涙がこぼれた。
それは、本気の涙ではないのかもしれない。
死の恐怖に怯えているだけなのかもしれない。
それでも俺は……
「リシテア」
そっと指を伸ばして、彼女の涙を拭う。
「いいよ、許す」
「……アルム……」
「他の人は、どう思うかわからない。ただ、俺は、キミにされてきたことを全部許すよ」
「……アルムぅ……」
「もう、一緒にいることしかできないけど……最後まで、ここにいるから。だから、ゆっくりと眠るといい」
リシテアの手を取る。
とても冷たくて、そして硬い。
人のものとは思えない手を、俺は、しっかりと掴んだ。
「……アルム」
「うん? どうした、俺はここにいるよ」
「……ごめんなさい」
「いいよ。本当に、もういいから」
「うん……あと」
リシテアはこちらを見て、小さく、静かに笑う。
「……ありがとう……」
その言葉を最後に、彼女の体は崩れ、灰のようになって風の中に消えた。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について』
https://ncode.syosetu.com/n3865ja/
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