164話 乙女は面倒
「うーん」
ブリジットは執務室で頭を悩ませていた。
先日、アルムとリセが協力して帝国兵の残党狩りに出たものの……
残党は、すでに一人を除いて壊滅。
歴戦の戦士でも吐き気を催してしまうほど、無惨な死体が大量に残されていた。
証言によると、惨事を引き起こしたのは……元帝国皇女リシテア。
彼女は人ならざるものとなり、残党を壊滅させたという。
「証言だけじゃなくて、現場の証拠もたくさん……すごーく頭の痛い話だけど、これは、まぎれもない事実。すでに起きたこと。はぁ……どうして、こんなことになるのかな?」
ついついため息がこぼれてしまう。
平和になったと思ったら、新しい問題が浮上した。
しかも、ある意味で帝国よりも厄介な問題だ。
突出した個の戦力。
それは、時に大きな災厄となる。
伝説に記されていた魔物が襲来してきたようなものだ。
歩く天災。
そんなものを前にして、どうしろと?
「とはいえ、泣き言は言ってられないよね」
起きてしまったことは仕方ない。
現実から目を逸らすことなく、対策を考えよう。
すでにブリジットは、廃村とその周囲についての調査を命じていた。
リシテアの変貌に繋がる手がかりを少しでも手に入れたい。
調査結果をのんびり待つ、なんてことはしない。
図書館から取り寄せた本を机の上に開いて、独自に調査を進める。
「ふむふむ」
資料に目を通して、
「ダメだー、さっぱりわからないや」
なにもわからない、ということがわかった。
か弱い女性が屈強な兵士をまとめてなぎ倒す方法。
そんなもの、あるわけがない。
調査を進めれば進めるほど、ありえない、という結論になってしまう。
「とっても悩ましげ……あー、アルム君が作ったスイーツが食べたいよぉ。糖分を欲しているよぉ」
とはいえ。
アルムに対する好意を自覚した今、直接顔を合わせるとぎこちない態度をとってしまうため、会いたいけどできれば会いたくない、という複雑な状態だ。
恋する乙女は面倒なのである。
「お姉様ー!」
「シロちゃん?」
元気よくシロがやってきた。
ブリジットは苦笑しつつ、しかし姉として王女として注意をする。
「こら、シロちゃん」
「あいたっ」
「まずはノックをすること。それで、ちゃんと返事を待ってから入室すること。そういうことは、しっかりするように教えられているよね?」
「……ごめんなさい、お姉様」
「うん、よろしい」
ブリジットは笑顔になり、妹の頭を撫でた。
きちんと反省することができたのなら、今度は、たっぷりと甘やかす。
それがブリジットの教育方針だ。
(いつか、私とアルム君の子供もこんな感じで教育をして……)
「って、なにを考えているの、私!? 色々と飛ばしすぎだよね!?」
「お姉様?」
「あっ……う、ううん、なんでもないよ? ちょっと疲れているだけ」
シロは、かわいそうなものを見る目を向けた。
ブリジットの心が色々な意味で痛い。
「そ、それで、どうかしたのかな?」
「これ、参考になるかな、って」
シロが取り出したのは絵本だ。
悪い魔王を勇者が倒して、世界に平和を取り戻す。
どこにでもあるような、そんな絵本。
「これがどうしたの?」
「ここ、読んでみて?」
言われるまま、ブリジットはシロが指定したページを読んでみた。
魔王に心酔する人間が描かれていた。
彼は魔王に忠誠を誓い、魔物の力を与えてもらい、勇者の前に立ちはだかる。
なんてことない1ページ。
よくある展開。
ただ、ブリジットはシロの言いたいことをすぐに理解した。
「もしかして……この絵本の内容が現実に起きた?」
◆ お知らせ ◆
新連載です。
『ネットゲームのオフ会をしたら小学生がやってきた。事案ですか……?』
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