155話 混乱は静かに、そして深く
「むぅ……」
昼の執務室。
ブリジット王女は、とある報告書を見て難しい顔を作っていた。
こんな表情は珍しい。
なにか困りごとだろうか?
「どうかしましたか?」
「ちょっと気になることが……最近、事件や犯罪者が増えているんだよね」
「治安が悪化している、ということですか? しかし、つい先日、騎士団の増強を図ったばかりですが」
カインの協力もあり、騎士団はワンランク、レベルアップした。
治安維持能力も増しているはずだ。
「そうなんだけど、でも、数値を見ると増えているんだよね」
「失礼します」
ブリジット王女から報告書を受け取り、目を通す。
……なるほど。
確かに事件が増えているようだ。
以前にも似たようなことはあったが、それは帝国が原因になっていた。
今回も同じようなものだろうか?
革命が成功して、前体制が瓦解したため、その影響で……ふむ?
「どうかな?」
「確たることは言えませんが……帝国の革命が影響している可能性があるかと」
「え、どうして?」
「革命により、帝国は新しい国へ生まれ変わり、旧体制の悪は掃除されていますが……しかし、完璧な掃除を成し遂げることは難しいでしょう」
ライラは今、新しい国を作り上げるだけではなくて、旧体制の悪しき存在を駆逐することに力を入れているだろう。
帝国が腐敗した原因は、皇帝と皇妃、それとリシテアによる皇族が主な原因で……
そして、上が腐敗したことで下も腐敗していただろう。
甘い汁を吸おうと癒着や横領が横行して。
己の義務を果たそうとしない、傲慢な貴族も増えて。
そういった連中を一掃しようとしているようだ。
ただ、それはネズミ退治と同じようなもの。
入念に駆除をしたとしても、全てを駆逐することは難しい。
必ず『漏れ』が発生してしまう。
そうして帝国を逃れた者達が王国にやってきているのではないだろうか?
そして、場所を変えて悪事を働こうとしているのではないか?
「んー……なるほど。その可能性は考えていなかったかも」
俺の推測を話すと、ブリジット王女は悩ましそうな吐息をこぼす。
「はぁ……平和になると思ったんだけど、まだまだ難しいみたいだね」
「帝国のような巨大な国が変わるとなると、周囲の国は、例外なく影響を受けてしまいます。しばらくは……数年は、なかなか落ち着くことはできないかと」
「くじけちゃいそう……」
ブリジット王女は、ぱたーんと机の上に身を投げ出した。
そのまま、少しの間じっとして……
ややあって、ぐいっと起き上がる。
「でも……うん! こういう時こそ、私達ががんばらないとね。そうしないと、困る人がたくさん出てきちゃう」
なによりも民のことを一番に考える。
それがブリジット王女の魅力の一つだ。
「警備は増強したんだよね?」
「はい。倍に増やしています」
「なら、突発的な犯罪については防げるかな? まあ、全部は難しいかもだけど……問題は、計画的な犯罪だよね」
「諜報員も増やしていますが、限度があり……」
この前ヒカリが、
「仕事が増えて増えて増えまくって、やばいっすよぉ!?」
と、半泣きになっていた。
かわいそうなのだけど、ここは耐えてもらいたい。
今は、どうしても落ち着くことはできず、人手も足りていない。
なによりも……
「情報不足ですね。敵の動きを多少でも知ることができれば、俄然、動きやすくなるかと」
帝国から流れてきた元貴族などが犯罪に加担している。
そういった連中の情報を得ることができれば、かなり動きやすくなるだろう。
事前の対処も可能だ。
「ライラに連絡を取り、そういった連中の情報を取り寄せてもらえないでしょうか?」
「うん、了解。すぐに連絡をとるね。他にしてほしいことは?」
「できれば、帝国の関係者を招いて、直接、話を聞いて……それから、捜査に協力してほしいところです。情報だけではなくて、人による知識や経験は、なによりも大事になりますから」
「んー……オッケー。それも交渉してみるね」
「お願いします」
帝国は瓦解して……
リシテアは行方不明ではあるが、どう考えても再起不能。
問題は解決したかと思いきや、まだまだ残っている。
戦後処理のようなものだ。
しばらくの間、この混乱が続くだろうな。
◆ お知らせ ◆
新連載です。
『ネットゲームのオフ会をしたら小学生がやってきた。事案ですか……?』
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