152話 消えた幼馴染
「……リシテア、ですか」
その名前を耳にして、少なからず動揺してしまう。
……結局、帝国を去るまでの間にリシテアを見つけることはできなかった。
可能なら、俺の手で決着をつけておきたかったのだけど、それは叶わない。
彼女は今、なにをしているのだろう?
「帝都の……あ、まだ帝国は新しい国の名前が決まっていないから、まだ帝都って呼んでいるけど……その帝都から少し離れたところで、リシテアを見つけたみたい」
「曖昧な言い方ですね」
「というのも、逃げられちゃったみたい」
リシテアが森に潜んでいるところまでは突き止めた。
しかし、入念な捜索を行ったものの、見つけることができない。
今、帝国は革命後ということもあり、とにかく人手が足りていない。
兵士は他国からの介入を防ぐためだけではなくて、自国内の安定にも力を割かないといけない。
皇女を捕らえることは優先度は高いものの、しかし、新しい国をないがしろにしてはいけないと、そうライラは考えているのだろう。
兵士達の捜索も虚しく、リシテアがいたという痕跡は見つけたものの、彼女本人はどこかに消えてしまったという。
無事、逃げられることができたのか。
あるいは魔物の餌になったのか。
色々な噂が飛び交い、リシテアの安否は未だ確認されていないとのこと。
「私としては、どこかに逃げた、っていうのを考えているんだけどね」
「なにか根拠が?」
「ううん、なにも。ただ、あんなしたたかな子がここでおしまい、とは考えづらくて」
「それもそうですね」
思わず苦笑してしまう。
リシテアは図太い神経を持っているというか、妙なところでタフというか。
簡単にやられてしまうとは思えない。
もちろん、それは王国や帝国にとってよろしくないことなのだけど……
「その森を最後に、リシテアの行方は途絶えているんですよね?」
「うん、そうだけど……もしかしてアルム君、探しに行くつもり?」
「……いえ」
少し迷い。
でも、首を横に振る。
「さすがに、これ以上、仕事をおろそかにするわけにはいきませんし……それに」
「それに?」
「……自分は、これ以上、リシテアに関わるべきではないと思います」
革命の時、リシテアと話をして……
俺は、彼女を確実に拘束するつもりだった。
時と場合によっては、この手で……終わらせるつもりだった。
でも、それは失敗した。
皇帝の乱入があったから、という見方もあるのだけど……
「俺は……リシテアに同情していたのかもしれません」
皇帝の乱入があったとしても。
それ以外のトラブルが起きたとしても。
やろうと思えば、リシテアを終わらせることはできたはずだ。
それでも、失敗した。
それは、俺が甘えを捨てきれなかったから。
決別したつもりではあっても、リシテアが幼馴染で、小さい頃、一緒に時間を過ごしたという事実が消えることはない。
ずっと心に刻まれている。
だから……ダメだった。
決別することができなかった。
情けない男だ。
自嘲の苦い笑みがこぼれてしまうものの……
「アルム君は、それでいいんじゃないかな」
ブリジット王女は太陽のような優しく明るい笑みを浮かべつつ、言う。
「え?」
「アルム君がそうしたい、っていうことだから、止めることはしなかったんだけど……やっぱり、止めておけばよかったかもね」
「それは……自分が頼りないから?」
「そんなことないよ。アルム君は頼りないとか情けないとかじゃなくて、ただただ、優しいだけなんだよ」
俺が優しい?
まったくの予想外のことを言われて、思わずぽかんとしてしまう。
その間に、ブリジット王女はふんわりとした表情で言葉を続ける。
「どれだけ酷いことをされても。どれだけ酷いことをしたとしても。アルム君は、幼馴染のリシテアをなかなか切り捨てることができなかった。それは、きつい言い方をすれば優柔不断なのかもしれないけど……でも私は、優しさだって思うよ」
「そのようなことは……」
「あるよ」
否定しようとするが、ブリジット王女は断言してみせた。
「幼馴染だとしても、迷うことなく裁く。それよりも、迷っちゃう方が人間味があるかな、って私は思うな。そして、そこがアルム君の優しさであり、魅力なんだよ、って」
そんなことを言われるなんて思っていなかった。
俺は、過去と決別しないといけない。
リシテアを切り捨てて、新しい未来を掴まないといけない。
そう思っていた。
そうしなければいけないと焦っていた。
ただ……
「私は、優しいアルム君の方がいいな」
「……ありがとうございます」
ブリジット王女の言葉に、俺は、何度、心を救われただろう?
今回もまた、救われることになった。
あなたこそが一番優しい。
人々を照らす太陽で、優しく導いてくれる女神のようだ。
改めて、俺はブリジット王女に生涯を捧げることを誓うのだった。




