150話 逃亡者
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
元皇女のリシテアは、息を切らして森の中を走っていた。
前日に降った雨で地面は酷くぬかるんでいる。
そんな中を走れば泥が跳ねて、お気に入りのドレスが汚れてしまう。
丁寧に手入れをする肌も汚れてしまう。
何度か茂みを突っ切ったせいで、あちらこちらに傷ができていた。
それでも足を止めることはできない。
走って。
走って。
走って。
走り続けて……
近くに獣が使っていたと思われる小さな穴を見つけて、そこに飛び込んだ。
「っ……!」
唇をぎゅっと噛んで、全身を丸くした。
自分を抱きしめるようにして震えを止める。
ややあって、大きな声が聞こえてくる。
「いたか!?」
「いや、まだ見つけていない」
「よく探せ、この近くにいるはずだ!」
「隊長、見つけた場合は?」
「殺さず捕まえろ。ただし、生きていればなんでもいい。手足の一本や二本、失っても問題はない。ヤツに、自分がしてきたことのツケを教えてやれ!」
「「「はっ」」」
足音が近づいてきた。
それは、リシテアを追う新生帝国軍の兵士達だ。
父の犠牲もあり、リシテアは皇城を脱出することができた。
しかし、その先の行き場がない。
いざという時、リシテアを隣国へ逃がすための兵士達はすでに殺されていた。
馬車も破壊されていた。
護衛はおらず、たった一人。
どうにかこうにか皇都を抜け出したものの、そこで追手に見つかり……
今は命を賭けた逃亡劇の真っ最中だ。
「っ……!」
リシテアは両手で耳を押さえて丸くなる。
どこかに行け。
見つからないで。
お願いだからなんとかして。
怯えて、震えて、涙を流して……
「……?」
気がつけば周囲が静かになっていた。
丸くなっていたリシテアは、恐る恐る顔を上げた。
そこに兵士の姿があるわけではなくて……
「ひっ!?」
カサッと音がした。
震えつつ振り返ると、うさぎが走っていくところが見えた。
リシテアは安堵の吐息をこぼす。
「……逃げられ、た?」
周囲に兵士達の姿はない。
本当に逃げられたのだろうか?
あえて姿を隠して、安堵したところで姿を見せて絶望に叩き落としてくるのでは?
……なんてことを考えたけれど、さきほどの兵士達の様子を見る限り、そんな『遊び』をする余裕はないように思えた。
本当に逃げることができたのだろう。
「たすか……った」
リシテアは安堵のあまり腰を抜かしそうになって……
しかし。
次いで、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「どうして……どうして、このあたしがこんな目に遭わないといけないの? あたしを誰だと思っているの? あたしは、ベルグラード帝国の皇女リシテアよ!? 皇女なのよ!?」
怒りが爆発して、抑えることができず、近くの木を拳で叩いた。
何度も何度も……
それでも、なにも変わらない。
そして、リシテアは知らない。
すでにベルグラード帝国は滅びていることを。
リシテアは皇女ではなくて大罪人であることを。
なにも……知らない。