15話 たった一人の出撃
俺が半日の時間を稼ぐ。
そんなことは不可能だ、命を捨てるようなものだ……と、騎士達に強く反対された。
ただ、彼らは俺の心配をしてくれているだけだ。
ブリジット王女も最初は反対した。
しかし、他に方法がない。
打てる手はなんでも打つしかない。
そう説得すると、かなり渋々ではあったものの許可が降りた。
「よし、いくか」
単身、魔物の群れの迎撃に出ようとして……
「アルム君!」
ブリジット王女が駆けてきて、抱きついてきた。
「……ごめんね。ごめんなさい……」
「どうして謝るんですか?」
「だって、私……アルム君にひどいことを……一人に全部押しつけるなんて……悔しい。悔しいよ。力のない自分が……ものすごく悔しい」
ブリジット王女は泣いていた。
俺のために泣いてくれていた。
それで十分だ。
そして、改めて誓う。
彼女を笑顔に変えてみせる。
いや、彼女だけじゃない。
この国の皆を笑顔にしてみせる。
それが執事としての仕事だ。
「大丈夫です。俺は、一人じゃありませんから」
「アルム君……?」
「こうして、ブリジット王女が見送りに来てくれました。それに……」
奥を見ると、たくさんの騎士がいた。
ブリジット王女の視察に同行した時、知り合いになった人達がいた。
「いいか、無理はするんじゃないぞ!? 時間を稼ぐとか気にするな、自分の体を一番に考えるんだぞ!」
「準備を整えたら、俺達もすぐに駆けつける。だから、待っていてくれ!」
「絶対に帰ってくるんだよ? その時は、美味しいものをたらふく食べさせてあげるからね」
「お兄ちゃん、がんばってね!」
「がんばれー!」
うん。
この人達のためならがんばることができる。
帝国にいた頃とは違う。
仕方なく、ではなくて、自ら進んで戦いに赴くことができる。
「では、行ってきます」
「アルム君……絶対に帰ってきてね? 約束してね?」
「はい、もちろんです。それに……」
「それに?」
「全滅させてしまってもいいのでしょう?」
「……」
ブリジット王女は目を丸くして、
「ぷっ……あはは、うん。いいよ、いいよ。やっちゃえ、アルム君!」
涙目になりながらも笑ってくれた。
その笑顔が俺に力をくれる。
――――――――――
半日の時間を稼ぐために、執事が単身で突撃する。
無茶苦茶な策だ。
普通なら誰もが反対するだろう。
しかし、フラウハイム王国の者達は知っている。
ブリジット王女は知っている。
その執事は『規格外』であるということを。
アルム・アステニア。
執事としての仕事は完璧以上にこなしてしまう。
また、専門分野以外の知識も豊富で、フラウハイム王国に大きな恩恵を与えてくれた。
戦闘能力もすさまじい。
ベテラン冒険者が十人がかりで挑むグレードビッグボアを、一人で、しかも瞬殺してしまうほどの力の持ち主だ。
彼ならば。
アルム・アステニアならば、あるいは……!
――――――――――
ブリジットは会議室で指揮を取り続けた。
今、王は外交の関係で不在だ。
代わりに自分が指揮を取らなければいけない。
一つの判断ミスが多くの人の命を奪う。
多くの人の財産を失わせることになる。
果てしないプレッシャー。
しかし、それがどうした?
これくらい、単身で出撃したアルムに比べたらなんてことはない。
今できることをやる。
そうしないと、アルムに呆れられてしまう。
だから、なにがあろうとがんばらないといけないのだ。
そうして必死に指揮を取り、あっという間に半日が経った。
――――――――――
「みんな、行くよ! スタンピードを退けて民を守り……そして、アルム君を助けに行くよ!」
「「「おおおおおぉーーーっ!!!」」」
ようやく出撃の準備が整い、多くの騎士が集結した。
その中に、武装したブリジットも含まれている。
騎士達を鼓舞するため。
そしてなによりも、誰よりも早くアルムを助けに行くため、彼女も出陣することになったのだ。
大反対を受けたものの、そこは王女権限で押し通した。
全てはアルムのため。
「それじゃあ、いざ……」
「あっ!? お待ちください、なにか異変が……!」
監視班から緊急の報告を受けて、ブリジット達は出撃の足を止めた。
いったいなにが?
緊張しつつ様子を見ていると……
「ふぅ」
ぴょんと、門を乗り越えてアルムが姿を見せた。
あちらこちらに傷を負っていて、執事服はボロボロになっている。
それでも大きな傷はない様子で、しっかりとした足取りだった。
「……あ……」
「ただいま戻りました」
「アルム君っ!!!」
人目も忘れて、ブリジットはアルムに抱きついた。
そのまま、わんわんと泣く。
「よがっ……よかった、よぉ! わらひ、アルム君が心配で心配でぇ……うぅ、ひっく……本当によかったぁ!」
「心配をかけて申しわけありません。ですが、この通り無事です」
「うん……約束、守ってくれたんだね」
「もちろんです。もう一つの約束も守りましたよ」
「もう一つ?」
はて、そんな約束をしただろうか?
不思議に思い、ブリジットは小首を傾げた。
「スタンピードの魔物、全て片付けてきましたよ」
「はぇ?」
「全滅させてもいいですか、って言ったじゃないですか」
「ふぁ?」
いや、待て。
それは、私を少しでも安心させるための強がりではなかったのか?
まさかあれ、マジで言っていたのか?
ブリジットは愕然として……
「あはっ……あははははは!」
思い切り笑う。
腹を抱えて笑う。
「あーもう、本当にアルム君っていう人は……」
「どうしたんですか?」
「ううん、なんでもないよ。ありがとう、アルム君。約束を守ってくれて、私、すごく嬉しいよ♪」
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