144話 帰国へ
さらに3日ほど帝国に滞在して……
これ以上は意味がないと判断して、王国へ帰ることになった。
そのことを告げると、ライラは忙しい中時間を作ってくれた。
「ありがとう」
城にある執務室。
そこで、ライラは人払いをした後、深く深く頭を下げた。
「そのようなことをしたら……」
暫定ではあるが、ライラは、現帝国の代表だ。
革命軍を率いるリーダーから、そのまま代表にシフトした形になる。
たぶん、新しい国が作られた時、ライラが初代女王として君臨することになるだろう。
そんな人が俺達のような立場もなにもない人間に頭を下げていいはずがない。
誰かに見られたら、それだけで問題になる可能性がある。
「本当にありがとう」
ライラもそのことをわかっているはず。
わかっているのだけど……
それでも、頭を下げるのを止めようとしない。
こうなることを、こうすることをわかっていたからこそ、人払いをしたのだろう。
「あなた達がいなければ、王国が力を貸してくれなければ……革命は成功していなかったわ。救世主みたいなものね」
「よしてください。そのような大層なものではありません」
「大層なものなのよ、特にアルムはね」
ライラは頭を戻して、苦笑する。
「本当は、私が皇帝をなんとかしないといけなかったんだけど……アルムが全部一人でなんとかしてしまった。感謝してもしきれないわ」
「俺は……正直、成り行きなので」
リシテアと決着をつけるつもりだったのだけど、そこに皇帝がやってきたため、戦うことになった。
誇張とか謙遜などではなくて、本当に成り行きなのだ。
「俺がやらなかったとしても、その時は、あなたが皇帝を倒していたでしょう」
「だとしても、実際に倒したのはアルムよ。だから、ありがとう」
「……その言葉、謹んでお受け取りいたします」
これ以上の拒否は失礼にあたる。
そう判断した俺は、ライラの感謝を素直に受け入れた。
「この書状をブリジット王女とゴルドフィア王に届けてくれるかしら?」
「承りました」
ライラからニ通の書状を受け取る。
どちらも帝国の印が押されていない。
押されているのは……
「これは……」
鷹をモチーフとした紋章だ。
大空を高く雄大に飛ぶ鷹が描かれている。
「まだ国の名前は未定だけど、紋章はそれにしようと思うの」
「これは、どちらの……?」
「帝国の一市民がデザインしたものよ。この国の未来を決めるのは彼らだから、こうした方がいいかな、ってね」
一人一人の民が国を作る。
そのことをライラは知っているからこそ、そのデザインを任せたのだろう。
「いいですね」
「でしょう?」
ちょっと得意そうにライラが笑うのだった。
それから、そっと手を差し出してくる。
「握手、してもらえるかしら?」
「喜んで」
こちらも手を差し出す。
「帝国の……ううん。ここから始まる新しい国の英雄に、改めて感謝を」
「未来を祈っています」
「ありがとう。あなた達も、握手をしてもらえるかしら?」
「もちろんっす……じゃなくて、もちろんです!」
「ういっす」
「ちょっと、セラフィー。そういう時は、はい、っすよ?」
「いいじゃん、そういう面倒なのは苦手なんだよねー」
「苦手でも、克服しないと」
「めんどい」
「だーかーらー」
いつの間にか、ヒカリとセラフィーは良い感じになっていた。
昔は殺し合いをしていたのだけど……
でも、同じ戦場に立ち背中を預けたことで、信頼関係が生まれたのかもしれない。
「ヒカリはうるさいなぁ」
「誰のせいっすか!」
……やっぱり、生まれていないかもしれない。
睨み合う二人を見て、俺は、思わずため息をこぼしてしまうのだった。
そんな俺を見て、ライラがくすりと笑う。
「どうかされましたか?」
「アルムは変わったわね」
「そうでしょうか?」
「変わったわよ」
「……だとしたら、主のおかげかと」
ブリジット王女の優しい笑顔を思い返した。
俺の心を明るく照らしてくれる、とても大切で、心から尊敬できる主だ。
「私も、アルムみたいに変わっていかないとダメね」
「俺を参考にする必要はないと思いますが……ですが、あなたならきっとできるかと」
「ありがとう」
改めて握手をして……
互いに健闘を祈り、俺達は帝国を後にするのだった。