142話 落ちる皇帝
ベルンハルトの大剣が目の前に迫る。
パワー、スピード、共に申し分ない。
俺は避けることはできず……
直撃したら、骨も両断してしまうだろう。
ベルンハルトは笑みを浮かべていた。
己の勝利を確信した、勝者の笑みだ。
しかし……
「甘い」
「なっ!?」
強引に体を動かして、二本の短剣で大剣を受け止めた。
けれど、受け止めきれるものではなくて、ギィンッ! という甲高い音と共に、二本の短剣の刃が砕けてしまう。
ただ、二本の短剣を犠牲にしたことで、大剣の威力はかなり落ちていた。
続けて、左拳で大剣を迎撃する。
特殊な強化繊維で編み込まれた手袋を身に着けている。
簡単な鎧よりは頑丈度は上だ。
それでも大剣となれば話は別。
切断こそされなかったものの、その衝撃をまともに受けた拳は砕けた。
骨と肉がめちゃくちゃになる感触。
激痛も伝わってくるものの、それは無視。
最後に、下から上に大剣を蹴り上げた。
こんなこともあろうかと、ブーツの底に鉄板を仕込んでいる。
いざとなればこんな芸当も可能だ。
ベルンハルトは大剣から手を離さなかったものの、大きく跳ね上げられることで、仰け反るようにして体勢を崩してしまう。
対する俺は、左拳が使い物にならない状態だ。
しかし、体勢は立て直した。
そして……右拳は健在。
「これで……」
前に出た。
加速。
加速。
加速。
一瞬でベルンハルトの懐に潜り込み、ヤツの胸元に右拳をあてがう。
その状態で、さらに前に出て……溜め込んだ力を解き放ちつつ、一気に拳を突き出した。
「終わりだっ!!!」
「がぁ……!?」
ベルンハルトは血を吐きつつ吹き飛んで、壁に叩きつけられた。
その鎧は、胸元が大きく陥没していた。
さすがに拳で鎧を貫くことはできない。
しかし、その衝撃はしっかりと鎧を突き抜けてベルンハルトの肉体に伝わった。
「ぐっ……ぬぅううう!」
ベルンハルトは大剣を床に立てて、それを杖の代わりにして立ち上がろうとした。
しかし、体が自由に動かないらしい。
足が震えて。
手が震えて。
最後、再び吐血して、壁に背を預けるようにして崩れ落ちる。
「バカなっ……この儂が負けるというのか……!? そのようなことは認めんっ、認めてたまるものか……!」
「……はぁ」
ここまで追い詰められておきながら、まるで現実が見えていない。
いや。
そんなことはありえないと思い込み、現実逃避をしているのだろう。
リシテアの親だな、と思う。
どうしようもないところがそっくりだ。
リシテアの性格は親譲りなのか。
それとも、リシテアの影響で親の方が歪んだのか。
「……どちらでもいいか」
答えはどうでもいい。
ただ、今、わかることは……
ここで帝国は終わり、ということだ。
「土よ、我が意に従いその力を示せ。アースクリエイト!」
魔法で石の枷を作り、ベルンハルトの両手足。
それと、枷を壁と床に繋げて、二重に拘束しておいた。
ここまですれば、さすがに逃げられないだろう。
「貴様……!」
「あなたは、ここで殺すことはない。それを決めるのは、これからの新しい帝国だ」
「新しい帝国……だと?」
「まだわからないのか。あなたが治める帝国は、もう……終わりだ」
「……っ……」
ベルンハルトは唇を噛んで、こちらを睨みつけて……
しかし、そこで終わりだ。
抵抗する気力を失い。
全身の力を抜いて脱力する。
決定的な敗北。
それを実感したのだろう。
「アルム!」
振り返るとライラの姿があった。
「よかった、無事だったのね……って、そうでもないか。大丈夫?」
「なんとか。これは……」
「皇帝を捕まえておきました」
「すごいわね、よくもまあ、一人で……でも、ありがとう。本当に助かったわ。皇妃はこちらで捕らえておいた」
「貴様、ライラ……!? 貴様も……ふぐっ!?」
ベルンハルトが騒ぎ立てそうなので、魔法で口も塞いでおいた。
「ただ、リシテアは逃してしまいました……そちらで捕まえては?」
「……いないわね」
「そうですか……すみません。たぶん、そのまま逃げられた可能性が高いです。皇族だけが知る避難通路などを利用した可能性も」
「そうだとしたら、もう無理ね……いいわ。皇帝と皇妃を押さえられただけでも十分としましょう。この戦いは勝利よ……あなたのおかげ、ありがとう」
ライラは微笑み、手を差し出してきた。
俺も笑い、その手をしっかりと握るのだった。




