14話 災厄の気配
「異常?」
執務室へ移動してそう告げると、ブリジット王女の顔が一気に真面目なものになる。
「はい。あの森はなにかがおかしい。急ぎ、調査をすることを具申します」
「ちょっと待って。どういうこと? おかしい、って言われてもよくわからないんだけど……」
「すみません。俺も少し慌てていたのかもしれません」
もしも俺の悪い予想が当たったのならば、その時は『災厄』が起きる。
だから、説明を省いてしまうくらいには慌てていた。
「ビッグボアを狩りに行った時に気づいたんですけど、森の様子がおかしいです。あの森には色々な動物や、他にも多数の魔物が生息していると聞いていましたが、それらの姿を見かけませんでした。ただの一匹でさえも」
「それは……」
「俺とクライドさんが見つけたビッグボアも、どこかへ避難している途中のように思えました。巣があったのに、他の個体がいない」
「ちょっと待って、ちょっと待って。それじゃあ、もしかして……スタンピード?」
さすが、ブリジット王女は頭の回転が早い。
偶発的な要因が重なり、非常に強力な個体が出現する。
そいつに怯えた動物や魔物達は姿を消す。
しかし、やがてパニックに陥り、暴れ回り、津波のごとく周囲の街を飲み込む。
それがスタンピードだ。
「俺の勘違いという可能性も否定できませんが……しかし、あの独特の空気と雰囲気はスタンピードの前兆としか思えず」
「なるほど……って、ちょっと待って? アルム君、以前にもスタンピードを体験しているの?」
「はい。帝国にいた頃に」
「そういえば、数年前に帝国の方でスタンピードが起きたっけ」
「その時は、本陣の準備が整うまで、一人で食い止めろと言われて大変でした、ははは」
「いやいやいや、全然笑えない話だからね、それ?」
「あの時は、さすがに疲れましたね」
「疲れた、の一言で済んじゃうんだ……ってか、やけに被害が少ないなー? とは思っていたけど、あれ、アルム君のおかげだったんだ……」
ブリジット王女は考える。
考えて、考えて、考えて……
そして、すぐに決断を下した。
「調査の必要はないわ」
「しかし……」
「スタンピードが起きる。その前提で動くよ」
「え? でもそれは……」
「私はアルム君を信じるよ、根拠はそれで十分♪」
「……ありがとうございます」
誰かに信じてもらえる。
それがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
「ちょっと忙しくなると思うけど、アルム君、手伝ってくれる?」
「もちろんです」
――――――――――
ブリジット王女は迅速に動いた。
スタンピードの前兆があることを国内外に通達。
外に出ている民を全て王都に避難させた。
そして、騎士団の出動。
王都の防衛だけではなくて、森に近い村にも派遣される。
簡易的なものではあるものの、防壁と掘の作成。
罠の設置。
食料や医薬品の備蓄。
できる限りの準備を進めていく。
スタンピードが発生したら、万を超える魔物が押し寄せてくる。
これでも準備は足りないくらいだ。
たくさん時間が欲しい。
でも、それは叶わぬ願いで……
――――――――――
「スタンピードの発生を確認! 現在、小規模ではありますが、魔物の群れがこちらに向かってきています」
スタンピード対策室となった会議室に、最悪の伝令がもたらされた。
できれば俺の勘違いであってほしかったけど……
ダメだったか。
「数は?」
「三千ほどかと」
「まだまだ増えるね……避難状況は?」
「はっ、全ての民を王都内に収容、完了しております」
「防御と備蓄は?」
「……正直、どちらも厳しいです。言い訳になってしまうのですが、どうしても時間が足りず……せめてあと1日、いえ、半日あれば完璧なものにしてみせるのですが」
「ううん、気にしないで。みんなはすごくがんばってくれている。私は、そのことをちゃんと知っているよ」
ブリジットはにっこりと笑う。
彼女の笑顔は心を温かくするだけではなくて、奮い立たせることもできるようだ。
騎士達の顔に力が入る。
「隣国からの援軍は?」
「申しわけありません。今のところ……」
「戦力を出し渋っている……か。あーもう、スタンピードが起きたら他人事じゃいられないって、なんでわからないのかなー? 協力して叩くのが一番なのに。って、愚痴をこぼしても仕方ないか。今ある戦力でなんとかしないと……」
ぶつぶつとブリジット王女が対策を考える。
しかし、明確な打開策を打ち出すのは難しいだろう。
とにかく時間が足りない。
騎士が言うように、せめてあと半日欲しい。
フラウハイム王国の騎士達は精鋭揃いだ。
冒険者も一流が多い。
彼らが一致団結して迎撃すれば、乗り越えることはできる。
ただ、やはりそのための準備の時間が足りない。
「ブリジット王女」
「うん? どうしたの、アルム君?」
「俺が時間を稼いできます」
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