139話 せめてもの情けを
「う、嘘でしょ……?」
リシテアが涙目になる。
問いかけに答えることなく、一歩、前に出た。
リシテアがびくりと震えた。
逃げようとするが、腰が抜けているため立ち上がることができない。
「このまま捕まれば、キミは、とても酷い目に遭うだろう。なら、その前に命を断っておくことが慈悲になる」
「い、いやよ……なにを訳のわからないことを……そ、そうだ! ま、またあたしがアルムを雇ってあげる! 今度は、もっと良い待遇にしてあげるわ。ね、良い話でしょ?」
「俺はもう、仕えるべき主を見つけた。キミには、そう言ったはずだけど」
「あ、あの女のことね……ぐっ」
ブリジット王女のことを考えているらしく、リシテアは険しい表情に。
「なんで、あたしよりもあんな女を……!」
「だから、それは……本気で言っているんだろうな」
怒りは湧いてこない。
もう呆れることしかできない。
いったい、いつからリシテアはこんな風になってしまったのだろう?
悲しくて、悔しい。
俺がリシテアの変化に気づいていたら。
彼女を止めることができていたら。
これは俺の罪でもあるのだろう。
だから、彼女を終わらせるのは俺の役目だ。
他の誰でもない、アルム・アステニアがリシテア・リングベルド・ベルグラードを終わらせる。
「い、いや……やだっ、やだやだやだ! 死にたくない、こんなところで死にたくなんてない!」
俺の本気を悟り、リシテアは涙を流す。
「こんなところで、あたしが……やだ! 終わるなんてありえないんだからっ、ダメ、そんなのは絶対にダメ!」
「その台詞、キミが今まで踏みつけてきた相手が聞いたらどう思うだろうな」
「ねえ、お願い……アルム、助けて?」
リシテアはすがるようにこちらを見る。
ふらふらと立ち上がりつつ、手を伸ばしてきた。
「あたし、死にたくない……いや、いやなの。怖いの」
「なら、どうして……周りを踏みつけてきたんだ!」
「そんなことは、だって……うぅ……ね、ねえ、あたし達、幼馴染でしょう? だから、アルム……助けて。お願い、お願いだから……!!!」
涙をぼろぼろと流して命乞いをするリシテアは、あまりにも哀れで。
悲しくて、寂しくて。
心が揺らいでしまいそうになる。
と、その時。
ゴガァッ!!!
「なっ……!?」
突然、部屋の扉が吹き飛んだ。
魔法が炸裂したかのような爆発が起きて、破片が飛び散る。
「リシテア、無事か!!!?」
姿を見せたのは、皇帝ベルンハルトだ。
あちらこちら傷つきながらも、大剣を両手で構えている。
どうして皇帝がここに?
ライラ率いる別働隊が皇帝と皇妃を押さえているはずなのに……
「パパ!」
「おぉ、リシテア!」
俺に目もくれることなく、ベルンハルトはリシテアのところに駆け寄った。
そして、抱きしめる。
「よかった、無事でいてくれたか」
「うん、うん……ありがとう、パパ」
皇妃の姿は見えない。
そうなると、別働隊は完全に失敗したわけではなさそうだ。
たぶん、皇妃は捕らえることができたけれど、皇帝は逃してしまったのだろう。
ベルンハルトは帝国最強。
捕らえることは難しい。
「リシテア、避難用の隠し通路は覚えているな?」
「う、うん……」
「今すぐに、そこから逃げろ」
「でも、パパは……」
「儂は後から追いかける。まずは……」
ベルンハルトがこちらを向いて、その手に持つ大剣の刃を向けてきた。
「娘を泣かせた大罪人を裁かなければいけないからな」




