137話 崩れる時はあっけなく
「くっ、なぜこのようなことに……!!!」
皇帝ベルンハルト・リングベルド・ベルグラードは、激しい怒りを心の中で燃やしつつ、拳を壁に力任せに叩きつけた。
後を続く、皇妃イザベラや近衛兵達がびくりと震える。
突然の反乱軍の侵攻。
すぐに鎮圧できるかと思いきや、陽動であることが判明。
少数ではあるが、反乱軍達の城への侵入を許してしまった。
敵の狙いが皇族であることは明白。
そして、現状の戦力では防衛は不可能と判断して、城を、帝都を捨てることに……
「この儂にこのような屈辱を与えるとは……許さぬ、断じて許さぬぞっ!!!」
「あなた……今は、身の安全を一番に考えましょう」
「……うむ、そうだな。すまない。少し冷静さを欠いていた」
「いいえ。あなたの気持ちは痛いほどにわかりますわ。私も腸が煮えくり返るような思いです」
皇妃も悪魔のような表情になっていた。
常に外面を気にして、美の先端を歩いている……と自負する彼女にしては珍しい。
自国が攻められ、そこから追い出されようとしているのならば、納得の反応ではあるが。
「リシテアは、娘はどうなっている?」
「はっ、皇女様の元には隊長が向かっております。ほどなくして合流できるかと」
「うむ、それならばよい」
「私達とリシテアのことは命に変えても守りなさい。それがあなた達の使命よ」
「……」
このような時まで、まるで態度を変えない二人に、近衛兵達は兜の下で顔をしかめた。
この二人に仕える価値はあるだろうか?
給金が良いため仕えてきたが、このまま帝国が崩壊したら、これ以上の金は得られないだろう。
案外、反乱軍に寝返るのもアリかもしれない。
皇帝と皇妃の身を土産にすれば、それなりに待遇で迎えてくれるはずだ。
その方がきっと楽しいことになる。
嬉しいことになる。
「……おい」
「……ああ」
仲間も同じことを考えていたらしく、目で合図すると、了解だ、というように頷いた。
そんな近衛兵達の様子に気がつくことなく、皇帝は苛立たしそうに言う。
「おいっ、隠し通路はまだなのか!? 早くしろ!」
「戦いの音が近くなっていますね……そこのあなた達、いくらか戻り、その体で不敬者達を足止めしてきなさい」
当然、そのような命令に従うはずもなく。
「「「……」」」
近衛兵達は、皇帝と皇妃を先導するのを止めて、変わりに逃げ場のないように囲む。
異様な様子に皇帝と皇妃は顔をしかめ、互いに身を寄せた。
「な、何事だ……?」
「あなた達、わ、私の言ったことが聞こえなかったのかしら……?」
近衛兵達の異様な雰囲気を感じ取り、二人は動揺を表に出し始めた。
それを敏感に察知した近衛兵達はニヤリと笑う。
剣を抜いて、その刃を守るべき主に向けた。
「なっ……!?」
「あなた達、なにを考えているの!?」
「すみませんが、これ以上、あなた達に仕えることはできない。旨味がなさそうですからね」
「くっ、貴様らなにを……そのような世迷言を口にするとは、それでも騎士か!? 騎士としての、帝国兵としての誇りはどうした!?」
「誇り? そんなもの、この国にあるわけないでしょう」
「金がいいから、あんた達に仕えていた。でも、この先も金がもらえる保証はなくなりそう。なら、裏切ってもいいだろう?」
「ま、仕方ないよな。あんた達だって自分のことしか考えていないんだ。俺達も、自分のことだけを考えてもいいさ」
「「「はははっ!」」」
近衛兵達が笑い……
「ぐっ、ぬぅううううう……!!!」
「きぃいいいいい……!」
皇帝と皇妃は、顔をタコのように真っ赤にしてうなり声をあげた。
とても腹立たしい。
帝国を統べる自分達に逆らうなんて、絶対に許されることではない。
自分達は神に等しい存在だ。
故に、反逆は、神に弓を引く行為に等しい。
それなのに、近衛兵達はその行いを恥じることなく、むしろ楽しそうにして……
「貴様らっ……!!!」
皇帝は怒りを抑えることができず、近衛兵に殴りかかる。
しかし、民の血税を貪り、欲にまみれていた体がまともに動くはずもない。
「がっ!?」
あっさりと返り討ちに遭い、皇帝は床の上に倒れた。
「おい、殺すなよ?」
「わかってるって。生きているからこそ餌の価値があるってことくらい、わかるさ」
「あ、あなた達は……」
「おっと。皇妃様も寝ていてくださいませ……はははっ!」
皇妃も気絶させられて、皇帝の上に重なるようにして倒れた。
それを見た近衛兵達が笑い……
その笑い声は、ライラ達がやってくるまで続いたという。
だからこそ、彼らは気づかなかった。
気絶したはずの皇帝が再び立ち上がるのを。




