136話 崩れていく幸せ
革命軍が大規模な攻勢に動いた。
その知らせを受けたリシテアは……
「んー……! やっぱり、この店のマカロンは最高ね♪」
まったく動じることなく、満面の笑みでスイーツを堪能していた。
マカロンを一つ、二つ、口へ運ぶ。
それから品の良い香りがする紅茶で喉を香らせる。
至福の一時だ。
リシテアが何事にも動じない豪胆な性格をしている、というわけではない。
単純に、事の大きさを把握していないだけ。
革命軍が動いた?
だからどうした。
兵士を動かして、この前のように叩き潰せばいい。
むしろ、都合がいいではないか。
ちょろちょろと足元を這い回っていた虫を、まとめて踏み潰すことができるのだ。
いい機会である。
「まったく、こんなことで慌てるなんて、無能が多くて困るわ」
リシテアは優雅な所作で紅茶を飲んで……
ドタドタドタ!
廊下から聞こえてくる慌ただしい足音に眉をしかめた。
その直後、ダーン! と勢いよく部屋の扉が開く。
「り、リシテア様! 大変です!」
姿を見せたのは、城を守る近衛兵の隊長だ。
城で働く者の顔なんていちいち覚えていないリシテアではあるが、さすがに、近衛兵の隊長くらいは覚えていた。
「うるさいわね……あんた、あたしのティータイムを邪魔するとか、殺されたいの? あたしが一言口にすれば、それだけであんたは……」
「そのような場合ではありません! 反乱軍です!!!」
「その話なら聞いたわよ。なに? もう叩き潰したの?」
「そうではなくて……!」
近衛兵の隊長から、まったく予想していない言葉が飛び出す。
「反乱軍が、今、まさに、この城を攻めています!!!」
「……は?」
リシテアは目を大きくして驚いて、そして、そのまま固まる。
反乱軍が城を攻めている?
どうして?
城を出たところで、帝国の兵士と激突していると聞いていたが……
「……まさか、陽動っ!?」
リシテアは傲慢で他者を省みない愚者ではあるが、頭の回転は決して遅くない。
反乱軍の真の狙いに気づいて……
その手に持つティーカップが落ちて、大きな音を立てて割れた。
「今すぐに外に出た兵士達を呼び戻しなさいっ!!!」
「む、無理です! すでに戦端が開かれているため、そのようなことはとても……」
「いいから戻しなさい! これは陽動なのよ!?」
「し、しかし、無理に退却をすれば反乱軍を押し止めることができず、最悪、帝都に侵入……民に被害が出るかもしれず」
「民なんてどうでもいいわ! まず、守るべきは皇族であるあたし達でしょう!」
「そ、それは……いえ、やはり無理です。ここで撤退を始めてしまえば、敵は嬉々として追撃を行うでしょう。そうしたら、ここまで戻ってくることもできず、途中で壊滅してしまう可能性が高く……」
「ぐっ……!」
近衛兵の隊長の言うことは圧倒的に正しい。
極めて現実的な未来を予想して、それを口にしていた。
それを理解してしまったからこそ、リシテアは次の言葉に迷う。
「……な、ならっ、予備兵は!? こういう、いざっていう時のために、いつでも動けるようにしておいた予備兵がいるでしょう!?」
「そ、それは……リシテア様が、以前、無駄飯ぐらいと解雇されていましたが……」
「っ!?」
リシテアは必死で自分の記憶を探る。
そのようなことを言ったか?
言ったかもしれない。
予備兵の隊長がもっと予算が欲しいというものだから、うっとうしく、その場でクビを告げたような気がした。
「な、なら、他に戦える者を探して……」
「……そのような者はいません。今、帝国は圧倒的な人材不足ですから……」
近衛兵の隊長が、お前のせいだ、というようにリシテアを睨む。
その視線を受けて、リシテアはついつい怯んでしまう。
普段なら不敬とクビにするか。
あるいは、物理的に首をはねていた。
しかし、味方が限られている以上、さすがにそんなことはできない。
「ど、どうすれば……」
「今すぐに避難してください! いざという時のために作られた隠し通路があります。そこからならば、無事に帝都の外まで逃げられるでしょう」
「このあたしに! 皇女であるあたしに、帝国を捨てろっていうの!? 反乱軍とか、ネズミのようにうざったい連中に背を向けて、逃げろって!?」
「でなければ反乱軍に捕まり、殺されてしまいますよ!?」
「うっ……」
近衛兵の隊長の迫力に負けて、リシテアは小さくうめいた。
彼の言葉は正しい。
その言動から、伝えてくること、全てが真実ということを告げていた。
しかし、帝国を捨てなければいけない?
つい10分前までは、優雅なティータイムをしていたというのに?
リシテアは悩んで、悩んで、悩んで……そして迷い。
答えを出す。
「……わかったわ」
唇を噛みながら苦渋の決断を下した。
同時、怒りの炎を心の中で燃やす。
反乱軍だかなんだか知らないが、よくもここまでコケにしてくれたな。
絶対に殺す……!
……ただ、その暗い願いが叶うことはない。
「お父様とお母様は?」
「安心してください。そちらには部下を向かわせています」
「そう……なら、早く隠し通路に案内して」
「はい、こちらへ……がっ!?」
先に部屋を出ようとした近衛兵の隊長は、突然、悲鳴をあげて崩れ落ちた。
その後ろに立っていた者は……
「久しぶりだね」
「……アルム?」