135話 絶対に通さない
「……」
ほどなくして影が降り立った。
全身を黒装束で覆い、顔もフードで隠している。
わずかに見える手には短剣が握られていた。
刃は変色している。
毒が塗られているのだろう。
黒装束は全部で四人。
ヒカリ達を囲むように、建物の上に立つ。
同時に、街に散っていた帝国兵達が戻ってきた。
数は百を軽く超える。
対するヒカリ達は十数人。
圧倒的に不利で、勝負は火を見るよりも明らか。
……なのだけど。
「いいねぇ……いいぜ、お前ら。強いな。アルムほどじゃねえが、それでも、けっこう楽しめることができそうだ」
「姐さん、こんな時まで趣味を持ち込まないでほしいっす」
「いいじゃねえか。気持ちが盛り上がる方が、楽しく最高に戦えるんだぜ?」
「アニキは、本当に姐さんを仲間にして良かったっすか……っと!?」
不意に黒装束が消えて、同時、ヒカリに刃が迫る。
ヒカリは両手に持つ双剣で攻撃をガード。
あえて足の力を抜いて、勢いのままに吹き飛ばされることで距離を取る。
「姐さんは……」
「おらおら! まとめてかかってこいや!」
「心配の必要はなさそうっすね……自分達が三人を相手にするっす。残り一人はお願いするっす!」
「「「はっ!」」」
黒装束は強い。
しかし、暗殺に特化しているため、真正面からぶつかれば兵士達にも勝機はある。
数の差があれば、その勝機も跳ね上がる。
一人を任せて問題はないだろう。
残り、三人の黒装束は……
「うらぁっ!!!」
セラフィーが巨大な大剣を自分の体のように操り、振り回す。
直接触れることはなくても、衝撃波が放たれることで路地端にある物が次々と壊れていく。
まるで竜巻だ。
触れるもの、周囲にいるものを全て打ち壊す。
黒装束は二人がかりでセラフィーを仕留めようとするが、なかなかうまくいかない。
彼らは技術に特化しているものの、力はそこまでではない
もちろん、常人よりも遥かに上の力を持つが……
セラフィーのような規格外と比べられてしまうと、どうしても劣る。
そして、そのセラフィーが技術を無視して力でねじ伏せようとしてくるため、どうしても攻めきることができないでいた。
「二人は姐さんに任せて大丈夫そうっすね。なら、自分は……」
ヒカリは、残った一人と対峙する。
姿勢を低く。
両手に持つ短剣を逆手に構えた。
地面を蹴り、駆ける。
風のように……いや。
風よりも早く突撃して、黒装束の懐に潜り込んだ。
「ちっ」
黒装束はわずかな焦りを表に出しながら、毒が塗られた短剣をヒカリに突き刺そうとする。
ヒカリの姿が、ふっと消えた。
攻撃は空振り。
黒装束は慌てて左右を見回すが、ヒカリは見つからない。
「てぇいっ!!!」
「がっ」
上に跳んでいたヒカリは、裂帛の気合と共に蹴りを叩き込んだ。
頭部を狙ったものの、驚くべき回避能力と危機探知能力で、直前で避けられてしまう。
ただ、代わりに肩を狙うことができた。
ゴキッ、と鎖骨を砕く感触がヒカリの足に伝わってくる。
それを確認したヒカリは、さらなる追撃に移る……ことはなく、一度、大きく距離を取る。
相手は、帝国最強の暗殺者。
鎖骨が砕けた程度で怯むことはないだろう。
むしろ、これ幸いと近づいてきたヒカリに攻撃を仕掛けてくるはず。
切り札の一つや二つ、持っているだろう。
故に、長時間の接近戦は危険。
ヒットアンドアウェイが鉄則なのだ。
「やるな」
黒装束が初めて口を開いた。
「向こうの女はただの戦士だが、お前は違うな? 我らと同じ臭いがする」
「……」
ヒカリは応えない。
動揺を誘う作戦という可能性があるから、無視をして、再び突撃をした。
「なぜ、反乱軍の味方をする? 連中に雇われたか? ならば、我らの元に来い。三倍出そう」
「あいにく……」
そこで初めてヒカリは口を開いた。
黒装束を睨みつけて、
「お金とか、そういうのは関係ないっす!」
言い放ちつつ、両手の短剣を踊らせた。
上下左右、不規則な軌道を描いて、刃が黒装束に迫る。
黒装束は最小限の動きで攻撃を避けつつ、反撃の突きを繰り出す。
しかし、ヒカリは深追いを避けているため、余裕を持って回避をした。
「ちっ……ネズミのようにうっとうしいヤツだな」
「褒め言葉と受け取っておくっす」
「ネズミならネズミらしく、すぐに散れ」
「断るっす。ここは……通さない!」
なにがあろうと死守する。
ヒカリは断固たる決意と共に、双剣を再び構えた。