131話 戦の準備は着々と
翌日。
俺は村の外を見て回る。
獣や魔物対策の罠の他に、対人間用の罠もあちらこちらに仕込まれていた。
村は革命軍の拠点の一つ。
いざという時に備えているのだろう。
「とはいえ、これじゃあ獲物を見つけることは難しいな」
せっかくだからウサギなどを狩り、食料事情に貢献しようと思ったのだけど……
動物は敏感だ。
罠が増えたことで異質な雰囲気を感じ取り、すでに退避してしまったようだ。
村の周囲に動物の気配はほとんどしない。
魔物の気配もしないことは幸いか。
「……戻るか」
これ以上、ここにいても仕方ない。
そう判断して、村に続く道を……
「誰だ?」
足を止めて、振り返らずに問いかけた。
巧妙に気配を隠しているものの、息を殺すことができていない。
わずかな呼吸音が聞こえていた。
「……」
「答えないのなら敵と判断する」
「ふふ、降参よ」
「……ライラ……」
姿を見せたのはライラだった。
子供のようないたずらっぽい顔を浮かべている。
「なにをしているんだ、こんなところで」
「ちょうど帰ってきたところなのだけど、あなたを見かけたから、ちょっと試してみようと思って。腕は鈍っていないみたいね。むしろ、前よりも増している?」
「試したいなら、模擬戦とかそういう方向にしてくれ。こういう不意打ちをしかけられたら、手を抜くことは難しい」
敵と間違えて革命軍の指揮官を討ってしまいました……なんて、笑い話にならない。
「アルムはなにをしていたの?」
「村の周囲を見ていただけだ。指揮官が不在で、やることがなくてな」
「あら、それはごめんなさい。でも、これから忙しくなるわよ?」
ライラはニヤリと笑った。
――――――――――
ライラが戻り、作戦会議が開かれた。
議題は、ただ一つ。
どのようにして現体制を打ち崩すか。
「やることは単純明快。帝都に攻め入り、皇帝、皇妃、皇女の三人を捕縛。あるいは、討ち取ることにあるわ」
言葉にすると簡単だ。
しかし、実行するとなると、とんでもない困難な道を歩むことになる。
現在の帝国は、全盛期と比べるとかなり力が落ちている。
それでも、大陸一の国であることに間違いはない。
抱える軍事力は最大。
技術も最高峰。
まともにぶつかれば敗北は必須だろう。
ならば、どのように戦えばいいのか?
皆がライラの発言、作戦に注目する。
「帝国は、西のヘイムダル法国と同盟を結んでいるわ。その同盟は古くから続いていて、二国間の結びつきはとても強い。なので、まずはそこを崩す」
ライラの策はこうだ。
暁を含む革命軍を二隊に分けて、帝国兵に扮してヘイムダルに攻撃を仕掛ける。
もう一隊は、ヘイムダル兵に扮して帝国に攻撃を仕掛ける。
そうすることで二国間の衝突を誘う。
もちろん、そんなことをしても本格的な開戦を誘うことはできない。
いずれ工作がバレてしまうだろう。
でも、本隊を引き離して、時間を稼ぐことができればそれでいい。
帝都の防備が薄くなっている間に、本命の部隊が潜入。
少数精鋭で敵陣を突破。
皇帝、皇妃、皇女の三名を打ち倒す。
「……という策を考えているのだけど、なにか質問は?」
「私はなんでもいいぜ。楽しく戦えるなら、むしろ、陽動役に回りたいくらいだ」
「それは困るわね。セラフィーは突入班に加わってもらわないと。大丈夫。防備が薄くなっているといっても、皇帝達を守る親衛隊は残っているはず。あいつらなら、楽しい戦いができると思うわ」
「なるほど、帝国の親衛隊か……食い甲斐がありそうな獲物だな」
慣れたもので、ライラはセラフィーを簡単に納得させていた。
上に立つ柄なのだろう。
「はいっす」
「なに?」
「現体制を崩すことに成功したとしても、法国を巻き込んだら、後で面倒なことにならないっすか?」
「大丈夫。法国は帝国の軍事力を頼りにしているだけの、つまらない国よ。体制が入れ替われば、帝国の軍事力はそっくりそのまま手に入れることができる。その状態で、法国がわざわざケンカを売ってくるとは思えないわ」
「そこまでの義理も恩も感じてない、ってことっすか」
「そういうこと♪」
実にいいところを突いた策だ。
うまくハマれば戦後の問題も解決できる。
ただ……
「この策に問題があるとしたら、皇帝達を討つ本隊に全てがかかっていて、保険がまったくかけられないというところね。本隊が失敗したらアウト。下手をしたら、周辺国全てを巻き込む大戦に発展するわ」
なかなか恐ろしい話だ。
その光景は想像したくもない。
「もちろん、そうならないように手は打っているけど、予想外の事態っていうのはつきものだから断言はできないわ」
ライラは、会議に集まる俺達一人一人の顔を順に見た。
「私達は地獄を作り出すかもしれない。そのことを覚悟した上で作戦に参加してほしい。今、離脱するというのなら咎めることはないわ。付き合えないという人は外に出て」
「……」
「……」
「……」
沈黙。
でも、席を立とうとする者はいない。
当たり前だ。
ここにいる者は、皆、とっくに覚悟を決めている。
逃げ出すことはしない。
「……ありがとう」
皆の覚悟を知り、ライラは一言、そうつぶやくのだった。




