130話 明かされる過去
「あなたは、アルム・アステニア殿ですか?」
「……ライラから聞いたのですか?」
老人は首を横に振る。
「傭兵とは別に、王国から援軍が来る……ライラ様からは、それだけしか聞いておりません」
「では、どうして俺の名前を?」
「あなたに、とある方の面影を感じまして」
老人は優しい顔で語る。
その顔は、本当に優しそうだった。
「エルドリエ殿」
「……っ……」
「その反応……やはり、あなたの関係者でしたか」
「そう、ですね……俺の父です」
遠い昔に亡くなった父のことを久しぶりに思い出した。
とても厳しい人で。
いつも訓練ばかりさせられていて。
でも、そうすることでしか愛情を伝えられない不器用な人でもあった。
「父のことを知っているんですか?」
「ええ。昔、助けていただいたことがありまして」
「……父が?」
意外な話だ。
父はとても不器用な人で……
それと、あまり人を信じていないところがあった。
あんな帝国に尽くしていたような人だ。
人間不信になり、家族に対しても不器用になってしまうのも納得できる。
そんな父が人助けをしていたなんて、なかなか信じられない話だ。
「詳しく聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろん。あれは……そう、今から10年ほど前のことでした」
当時、帝国は今よりも繁栄していたらしい。
リシテアはまだ子供。
わがままを口にしても、それは子供のわがままで、国政に影響するほどのものではなかったから、傾くようなことはなかったのだろう。
ただ、すでに影は差していた。
現皇帝、皇妃も愚かだ。
民を顧みない政治を行い、他者を見下して、自分達のことだけしか考えていない。
国は荒れ始めていた。
「当時、私は別の村で、息子夫婦と孫達と暮らしていました。決して豊かな生活ではありませんでしたが、大事な子供達がいて、幸せな日々を過ごしていました。しかし……ある日、村が盗賊に襲われたのです」
帝都、及びその周辺は盗賊や魔物の討伐は徹底されていた。
帝都が荒れていたら皇帝の名に傷がつきかねない。
故に、その辺りは徹底されていたという。
ただ、辺境の村は放置されていた。
そのようなところが襲われたとしても皇帝の名に傷がつくことはない。
民なんていくらでも湧いてくる。
……そういう考えを持っていたのだ。
「私は死を覚悟しました。ただ、息子夫婦と孫を殺させるわけにはいかない。刺し違える覚悟で盗賊達に向かおうとして……その時、見知らぬ男性に助けられました」
「それが父さんですか?」
「はい。仕事の都合でたまたま近くにいたらしく、あっという間に盗賊達を……犠牲はほとんど出ることはなくて、村の皆は彼に感謝いたしました。できる限りのお礼をしようとしたのですが、なにもいらないと断られてしまいました」
ちょっと意外な話だった。
父さんは、無駄に人を見捨てるような人ではないが……
かといって、物語に出てくるような英雄ではない。
礼をもらえるというのなら、無理のない範囲でもらうと思っていた。
「理由を聞くと、思わぬ答えが返ってきました」
「思わぬ答え?」
「俺にも子供がいるから見過ごすことはできなかった……と」
「……」
思わず目を大きくして驚いてしまう。
その子供というのは俺のことだろう。
「アルム殿は、とても大事に思われていたのですね。彼と話したのは少しですが、その想いが伝わってきましたよ」
「そう……ですか」
父は不器用な人だ。
不器用なりに、俺と母さんを大事にしてくれていた。
そう思っていた。
理解していた。
でも、心のどこかで、それは本当だろうか? と疑う時もあった。
自分の都合のいいように捉えているのでは? ……と。
ただ……
こうして話を聞いて。
事実を伝えられて。
おかげで、今度こそ、きちんと父の愛情を受け止めることができた。
知り、理解することができた。
「ありがとうございます」
父さん。
俺は帝国を捨てることになったけれど……
でも、元気でやっています。
だから、安らかに眠ってください。
父さんが亡くなって以来、俺は、初めて祈りを捧げた。
それは過去との対話のようなものに似ていたかもしれない。
諸事情により、一回、更新を休みます。