13話 ただの……
「アルム君、アルム君」
朝。
仕事の準備をしてブリジット王女の部屋に行くと、見知らぬ男性がいた。
白い服とコック帽。
城で働く料理人だろう。
「私の仕事っていうわけじゃないんだけど、ちょっとお願いしてもいいかな?」
「なんでしょう?」
ブリジット王女に促されて、料理人が前に出る。
「はじめまして。僕は、この城で料理長を任されているクライドです」
おぉ、この人が料理長なのか。
城の食堂で食べる食事はどれも美味しい。
「なるほど、いつも美味しい料理をありがとうございます。申しおくれました。俺は、ブリジット王女の専属のアルム・アステニアといいます」
「実はアルム君に頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「すでにブリジット王女の許可を取っているみたいなので、特に問題ありません。なにをすればいいでしょうか?」
「お使いを頼みたいんだ」
「お使い……ですか?」
なぜ俺を指名するのだろう?
「クライドはものすごーく美味しい料理を作ってくれるんだけど、材料がないとどうしようもないからねー。そ・こ・で、アルム君の出番っていうわけだよ! 材料を取ってきてくれないかな?」
「その材料っていうのは?」
「ビッグボアの肉をお願いできないかな?」
ビッグボアというのは、イノシシを大きくしたような魔物のことだ。
魔物だけど、きちんと食べることができる。
むしろ世界中を駆け回っていることで、野生のイノシシよりも美味しいと言われている。
「ビッグボアの肉はいいんですけど、どうして急に?」
「えっと……」
クライドさんは困った顔でブリジット王女を見た。
ブリジット王女は、ちょっとよだれを垂らしている。
俺の視線に気がつくと、あたふたと手を横に振る。
「ち、違うよ!? 私が食べたいからとか、そういう理由じゃないからね!? その、『食いしん坊め!』っていう目はやめて!?」
「では、どういう理由なんですか?」
「アルム君のおかげで農作物の問題は解決されて、家畜の環境もパワーアップ! でも、家畜の方の効果がハッキリとわかるのはしばらくかかるでしょう? だから、それまでの間、他にできることをしておこうと思って」
「なるほど。それで、魔物の肉に目をつけたわけですね?」
「魔物っていうだけで、食べられないわけじゃないからね。でも、不安に思う人は多い。だから、王女である私がみんなを安心させないといけない、っていうわけ」
「それだけですか?」
「ものすごく美味しいって聞くから、やっぱり食べてみたい!」
やはり食いしん坊だったみたいだ。
――――――――――
食いしん坊王女……もとい、ブリジット王女の命を受けた俺は王都の外に出て、魔物が住む森にやってきた。
「この奥にビッグボアの巣があるはずですよ」
クライドさんが案内を買って出てくれた。
元冒険者みたいなので頼りになる。
「連中は耳がいいです。ここから先は慎重に行きましょう」
「了解です」
口を閉じた。
足音を殺して、気配も殺す。
5分ほど進んだところでビッグボアの群れを発見した。
オスとメスが一頭ずつだ。
「そ、そんな……まさか、こんなことになるなんて……」
「クライドさん、どうしたんですか?」
「今すぐに逃げましょう。あれは、ビッグボアではありません。さらにその上の、グレートビッグボアです。戦闘能力に特化した個体で、ベテランの冒険者も返り討ちに遭うという、災厄と呼ばれている存在です」
いや。
グレートビッグボアの知識なら俺も持っているが……
「やだな、クライドさん。あれは普通のビッグボアじゃないですか」
「え?」
「ちょっと行ってきますね」
「ま、待ちなさい!? 死にたいのですか!?」
俺は用意してもらった短剣を両手に持ち、地面を蹴る。
急加速。
風のような速度でビッグボアの目の前に移動して、その頭部に短剣を突き立てた。
「グモオオオオオォッ!!!?」
ビッグボアが悲鳴をあげて倒れる……が、まだ生きている。
なので顎を蹴り上げて、その勢いで首の骨を折る。
今度こそ、ビッグボアは動かなくなった。
「グルァッ!!!」
仲間をやられたことで、残りのビッグボアが怒り心頭といった様子で突撃してきた。
「あ、危ない!? 逃げてください、アルム君! グレートビッグボアの突撃は城壁を打ち壊すといわれていて……」
「ほい」
「なぁ!?」
ビッグボアの突撃を片手で受け止めた。
やや重いが、問題ない。
そのままビッグボアの頭をがしりと掴んで、持ち上げて、痛烈に地面に叩きつける。
ガンッ!!!
「よし、狩りは終わり」
「……」
なぜかクライドさんが絶句していたが、俺はなにも知らない。
――――――――――
「……」
ビッグボアを持ち帰ると、なぜかブリジット王女も絶句した。
「えっと……これ、グレートビッグボアだよね?」
「ブリジット王女までなにを言っているんですか? ただのビッグボアですよ」
「おかしいな、私の記憶と知識がバグっているのかな……」
「帝国にいた頃はちょくちょく狩りに行かされていたので、間違いないですよ」
「こんな危険な魔物をちょくちょく狩っていたんだ……」
「一時期、帝国方面のボア系列の魔物が極端に数を減らしたっていう話を聞きましたけど、アルム君のせいなんですかね……」
遠い目をするブリジット王女とクライドさん。
ふむ?
「ま、まあいいや! これだけのお肉があれば、一気に国の食料事情は改善されるよ。ありがとう、アルム君」
「いえ」
迷い、考えて……
それから告げる。
「……ブリジット王女。一つ、気になることが」
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