128話 腐っていても仕方ない
「へ、へへへっ、抜け道はこちらですぜ」
セラフィーとヒカリにぼこぼこにされた盗賊の頭は、とても卑屈な様子で道案内をしていた。
命と引き換えだから、そうなるのも当たり前かもしれない。
ちなみに、他の盗賊も同行させている。
目を離した隙に再び悪事を働かれても寝覚めが悪いし……
帝国兵に捕まり、俺達のことを話されたら、それはそれでまずい。
「へぇ、こんなところに抜け道が」
山の麓に小さな洞窟があった。
ここを抜けると、簡単に山を抜けることができるらしい。
2~3日は短縮できるかもしれない。
「中は……けっこう整備されているな。天然じゃないのか」
「元は、昔に使われていた避難路みたいでしてね。けっこう頑丈に作られていて、こうして、今も問題なく使えるってわけでさあ」
「帝国兵も知ってるヤツは少ないから、逃げるのに便利なんだよな」
「そうそう。何度撒いてやったことか」
「はぁ……」
大して反省してなさそうだ。
「殺す?」
「やめなさい」
セラフィーは、生かすか殺すの二択しかないな。
「こういう抜け道を知っていることは有利ではあるが、しかし、盗賊なんてリスクが多いことは承知しているだろう? なぜ、盗賊を続けている?」
「それは……」
男達は一斉に暗い顔になる。
「俺達だって、盗賊なんてしたくねえよ……できるなら、ちゃんと働いてまっとうに生きていきたいさ」
「でも、今の帝国はめちゃくちゃだ。当たり前にできることができなくて、普通、なんて言葉が思い出せないくらいに遠い」
「盗賊をやるくらいしか生きることはできないんだよ……」
彼らは盗賊ではあるが、ただ、できる限り人殺しは避けているらしい。
だからといって、褒められたことではない。
奪われた側は飢えて、結局、死ぬ。
間接的な殺人だ。
ただ、同情の余地はある。
国が荒れれば民は生活することができない。
それでも、生きていくために手を汚すしかない。
そして盗賊などが増えて、ますます国が荒れていく。
どうしようもない悪循環だ。
リシテアは賢いから、そのことに気づかないわけがないのだけど……
それ以前に性格が破綻しているから、まったく別の回答に辿り着いているんだろうな。
民なんて放っておいても増える、とかそんな感じの答えに。
「……なあ、おにーさん」
セラフィーがそっと話しかけてきた。
「こいつら、殺しておいた方がいいんじゃね?」
「それは……」
「下手に放置すると、私達のことバレるかもよ?」
「わかってはいるけれど……しかし」
相手は盗賊。
情けをかける必要はない。
ないのだけど……
どうせならば、その生に意味があってほしい。
自分で価値を見出してほしい。
「お前達は」
気がつけば、自然と口を開いていた。
「このまま、死ぬまで盗賊を続けていくつもりか?」
「へ? いや、それは……」
「食べていくことができない。だから、奪うしかない。生きるためにそうするしかないことは理解しているが……しかし、それで満足できるのか? 仮に子供ができたとして、子供にも同じことをさせるつもりか?」
「……」
盗賊達は足を止めた。
拳を強く握る。
彼らも理解しているのだろう。
こんな生活、長くは続かない。
いずれ悪事が露見して討伐されるだろう。
仮に生き延びたとしても、その心が晴れることはない。
引き返すことのできない道を歩いて。
そして、最後の最後まで陽の当たらないところで暮らしていくしかない。
「そんなこと……わかっているさ。でも、他にどうすれば……」
「魂を汚して生きるのもいい。それを否定するつもりはないが……誇りを抱いて戦う、という道もある」
「え?」
「問題の帝国だけど、現政権を倒そうとしている革命軍が存在するらしい。どうせなら、彼らと一緒に戦ってみたらどうだ?」
「それは……」
微妙な反応だ。
革命軍の存在は彼らも知っていたらしい。
「そ、そんなものに参加したら死ぬだろう、普通に考えて」
「俺は死にたくねえよ……」
「今の生活も死んでいるようなものだろう」
他人を襲い、奪い。
子供に胸を張れない生活を続けて。
そんなものは人の生だろうか?
違う。
そんなもの生きているとは言えない。
生にしがみついて、振り落とされないようにしているだけだ。
「どちらの道を選んでもいい。ただ、後悔しない道を勧める」
「それで……なにが変わるんだよ?」
「生きる意味を見つけられる」
俺は、ブリジット王女に出会ったことで、それを教えられた。
だからこそ、同じように道に迷う彼らを見ていると、口を出さずにはいられなかった。
「最後に死を迎えたとしても、自分の生に意味はあったと誇ることができる。それは自己満足ではあるが、しかし、誇りを守ることができるのは確かだ。意味があることは確かだ。それをよしとするかしないか、もちろん、選ぶのはお前達だ。ただ、俺が同じ立場だとした場合は……大事な人に胸を張れるように、まっすぐに歩いていきたいと思う」
「「「……」」」
盗賊達は、しばらくの間、無言だった。
そのまま歩いて……
ほどなくして洞窟を抜ける。
「ここまででいい。後は好きにしろ」
「アニキ、いいっすか?」
「口封じなら、一瞬で終わるぜ?」
「構わない」
だいぶ距離を稼ぐことができた。
ここまできたら、そうそう問題は起きないだろう。
……楽観的になってはいけないのだけど。
でも、彼らを殺すのはやめておくことにした。