125話 どうか無事に
「よし、こんなものか」
帝国へ出立する前日。
荷物の整理が終わり、準備完了。
疲れを残さないために早めに寝ておきたいところだけど……
「その前に挨拶をしておくか」
もしかしたら帰れないかもしれない。
最悪の可能性も考えると、一応、挨拶くらいはしておきたい。
「はい、どうぞ」
そんなことを考えていると、扉がノックされる音が響いた。
入室を促すと、シロ王女とパルフェ王女が現れる。
「どうかされましたか? 二人共、なにやらとても真面目な顔をして……」
「お兄ちゃん!」
「アルム!」
いきなり二人が抱きついてきた。
あまりに突然で、予想外のことだったので床に押し倒されてしまう。
すると、シロ王女とパルフェ王女が俺の上に乗る。
「行かせないよ!」
「うんうん、ここでじっとしていてもらおうか」
「えっと……どういうことですか?」
「お兄ちゃん、帝国に行くんでしょ? そんなのダメだよ」
「そうそう。ぶっちゃけ、自殺しに行くようなものだよねー。あの皇女がアルムのこと、許すとは思えないし」
俺が帝国に行くことは極秘中の極秘だ。
外に漏れた場合、開戦ときっかけになりかねないから。
だから、知っている者は極少数に限られているのだが……
「パパから聞いたよ!」
「ボクらが『パパお願い♪』って言ったら、簡単に教えてくれたね」
あの王は……
「お兄ちゃんが帝国に行くなんて危ないよ! そんなところに行かないで、ここにいて? シロの隣にいて?」
「シロの言う通りだね。わざわざ危ないところに突き進むなんて、愚か者のすることさ。ここは別の方法を考えるべきじゃないかな?」
「……心配していただき、ありがとうございます。しかし、もう決めたことなので」
二人の気持ちは嬉しい。
とても嬉しい。
でも、これだけは譲ることはできない。
俺が俺であるために。
そして、未来を掴むために。
やらなければいけないことなのだ。
危険があったとしても、止まってはいけない。
「「……」」
二人はじっと俺を見て、
「「はぁ」」
同時にため息をこぼす。
それから、俺の上からどいてくれた。
「そうだよね。お兄ちゃんに言っても、聞いてくれないよね」
「ボク以上の仕事人間だからねえ……まあ、今回は仕事だけ、っていうわけじゃなさそうだけど」
「えっと……」
なぜ、俺は呆れられているのだろう?
「ん」
シロ王女が鞄を差し出してきた。
「これは?」
「シロが作った発明品が色々と入っているよ。一つ一つ、説明する時間はないと思うから、説明書も入れておいたからね。後で読んで」
「このようなものを……」
「ボクからは、はい、これ」
パルフェ王女からは笛を受け取る。
「全部、ってわけじゃないけど、ある程度、魔物を操ることができる笛さ。これ、説明書」
「あ、ありがとうございます……?」
二人は、俺を引き止めに来たのでは?
それなのに、なぜ餞別を渡すようなことを?
不思議に思っていると、シロ王女とパルフェ王女は苦笑した。
「元々、引き止めるのは無理だよねー、って思っていたんだ。だって、お兄ちゃんだもん」
「でもまあ、言うだけならタダだから、とりあえず引き止めてみた感じ」
「そうしたら、やっぱりダメだったから……なら、シロ達にできることをしよう、って」
「それがこれらのアイテムさ。なにかの役に立つと思うよ」
「シロ王女、パルフェ王女……ありがとうございます」
深く頭を下げた。
そうでもしないと、潤んだ瞳を見られてしまいそうだ。
「お兄ちゃん……絶対に帰ってきてね? これが最後なんて、嫌だからね?」
「キミはとても興味深い。もっともっと研究をされてくれよ?」
「はい、約束いたします」
これは、俺だけの問題じゃない。
そのことを改めて実感して……
必ず無事に帰るという決意を立てた。