12話 アルムの過去
「そういえば」
とある日の午後。
仕事が一段落して、休憩中。
ふと思い出した様子でブリジット王女が言う。
「アルム君って、今までなにをしていたの?」
「え? 帝国で皇女の専属を……」
「あ、ごめんね。聞き方が悪かった。その帝国で働く前はなにをしていたの?」
リシテアに拾われる前。
もっと具体的に言うのなら、両親が亡くなる前の話を聞きたいのだろう。
「そうですね……家族と普通に暮らしていました、としか」
「アルム君の家族!」
ブリジット王女がキラキラと目を輝かせる。
聞きたいなー、聞きたいなー、と言いたそうだ。
「聞きたいなー、聞きたいなー」
実際に言っていた。
「面白い話ではないですよ?」
「それは私が決めるんだよー」
「わかりました。じゃあ……」
昔を思い出しつつ、語る。
「父さんは執事、母さんはメイドをやっていましたね」
「執事とメイド! そっか、アルム君は執事界のサラブレッドだったんだね。うん、納得納得」
うんうんと頷いて、
「……いや、待てよ? でも、両親が共に使用人っていうだけじゃあ、アルム君の頭がおかしいレベルの能力は身につかないような?」
酷い言われようだった。
俺、そんなにおかしいだろうか?
普通だよな?
「能力うんぬんはよくわからないですけど……ただ、物心ついた時から執事としての教育は受けていましたね」
「おー、英才教育」
「基本的な知識から始まって、執事としての立ち振る舞い。戦闘と魔法の訓練。精神を研ぎ澄ませる修行」
「なんでもやっているね……例えば、どんな戦闘訓練をしていたの?」
「死の谷に突き落とされましたね」
「……それって、Aランクオーバーの魔物が無数に生息している死の谷? 足を踏み入れたら、二度と帰ってこれないと言われている死の谷?」
「そんな大げさなものじゃないですけど、両親は死の谷って言っていましたね」
「そんなところで戦闘訓練を? 無茶苦茶すぎる話だけど、でも、それならアルム君の戦闘力も納得が……」
「よかったら、ブリジット王女も同じ訓練をしてみますか?」
「死んじゃうよ!?」
ものすごい勢いで拒否された。
うーん。
俺なんかが乗り越えられたくらいだから、ブリジット王女もいけると思うんだけど。
「えっと……精神を研ぎ澄ませる修行っていうのは?」
「滝行ですね」
「あ、それ知っているよ! 滝に打たれて心を鍛える、っていうやつだよね?」
「はい。落差百メートルの滝に1週間打たれていました」
「それは私の知る滝行じゃないなあ!」
「え? でも、滝行ってこういうものですよね?」
「それが正しい滝行だとしたら、みんな、心を鍛える前に死んじゃうかな。翌日、川下にぷかぷかと死体があふれちゃう」
また大げさな。
しかし、ブリジット王女はあくまでも真剣な顔だった。
「まあ……うん。でも、そんな訓練を乗り越えるなんて、アルム君はすごいね。よっぽど執事になりたかったんだね」
「いえ……実を言うと、小さい頃は執事になりたくないと思っていました」
「え? まさかの事実」
物心ついた時から執事としての訓練を積んできたから、俺にとってはそれが当たり前だった。
そんな日々に疑問を持つことはなかった。
でもある日、外で楽しそうに遊んで、おやつを食べている子供を見た。
そこで、俺がやっていることは『普通』ではないと知る。
訓練は辛い。
それよりも、他の子供のように遊びたい。
美味しいものを食べたい。
「そう言ったら、ものすごい勢いで怒られましたよ。お前はいずれ、高貴な方々に仕えるんだ。これくらいで泣き言をこぼすな、それでも私達の子供か……って」
「それは……大変だったね」
「はい、大変でした。だから、執事の訓練は嫌いでした。それを強要する両親のことも……あまり好きではありませんでした」
ただ、その両親は流行病であっけなく死んでしまう。
その後、俺はリシテアに拾われた。
両親から執事としての最低限の能力は叩き込まれていたため、仕事にありつくことができた。
その点では訓練を受けたことは感謝している。
「たぶん……両親は、俺に生きる術を与えたかったんでしょうね」
「生きる術?」
「子供は弱い。普通は親に守られているから問題ないですけど、でも、その親になにかあったら? その時、なにか力がないと自力で生き延びることはできない。助けを待つしかない。でも、世界は厳しい。待つだけで助けが来るとは限らない」
「だから、アルム君のご両親は、君のことを執事として鍛えた? 執事なら年齢はあまり関係なく働くことができるから?」
「たぶん、そんなところだと思います」
両親はとても不器用だった。
うまく想いを言葉にできない人達だった。
酷い親だな、って思っていたけど……
「今は感謝しています」
「執事になることができたから?」
「ちょっと違いますね。こうして、ブリジット王女と出会うことができて、そして、あなたに仕えることができた。だから、感謝しています」
「……」
ブリジット王女は目を丸くして、
「そ、そっかー……ふーん。私と出会うことができたのがそんなに嬉しいんだ? へー、ほー」
「はい、とても」
「がふっ」
「『向日葵王女』の太陽のような笑顔で、俺は身も心も救われたと思っています」
「げほっ」
なぜかブリジット王女が悶えていた。
もしかして……
「照れています?」
「……」
耳が赤い。
図星みたいだ。
「はー? はー? 照れてなんかいないし、いないし!」
「えっと……」
「私は王女だからねー、これくらいのことで照れたりなんかしませーん。はい、勘違いご苦労さま。おつー!」
どう見ても照れているのだけど、それは指摘しないでおいた。
代わりに、心の中でもう一度、感謝の言葉を紡ぐ。
ありがとうございます、ブリジット王女。
あなたは俺の太陽です。
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