109話 親ばかコンビ
「うむ、美味いな」
そう言って、上機嫌でお酒を飲むのは、ゴルドフィア王だ。
いつもの威厳を少しだけ捨てて、機嫌良さそうに、ほんのりと頬を赤くしていた。
「確かに」
その隣にカイン。
こちらはいつもの無表情ではあるが、心なしか声のトーンが高くなっているような気がした。
ゴルドフィア王と同じお酒をゆっくりと飲んでいる。
「……」
俺もお酒を飲んでいた。
王の私室にいるのは、この三人。
いったい、なぜこんなことになったのか?
事の始まりは、王の呼び出しを受けたことだ。
俺だけではなくてカインも一緒。
なぜだろう? と不思議に思っていたのだけど……
なんと、飲み会の誘いだった。
これから先、カインの力を借りることが多くなる。
なればこそ、今のうちに親睦を深めておきたい。
王はそう考えたらしい。
「この酒は、フラウハイム産のものだな?」
「うむ。我が国、自慢の特産だ。わかるか?」
「流通量が少ないから、他国では奪い合いになるほどの人気の酒だ。前に飲んだのは……3年ほど前だったな。また飲めるとは嬉しい限りだ」
「飲み放題というわけにはいかぬがな。他国にいるよりは手に入りやすいぞ。たくさん飲むといい」
「感謝する」
この二人、お酒が好きらしい。
そんな共通の趣向があるためか、話も弾んでいるように見えた。
少なくとも、カインがこんなに饒舌なところを見たことはない。
「どうだ、我が国は? 快適に過ごせているか?」
「そうだな……良い国だ。平和で、そして、民に笑顔があふれている。このような国は、なかなか見ることができない」
「そうか、そうか!」
「良い王をしているようだな」
「なに、儂の力だけではない。頼りになる臣下達……そして、娘の力のよるものが多い」
「ブリジット・スタイン・フラウハイム、か……興味のある者だ」
「……貴様、ブリジットを狙っているのか?」
「そういう意味ではない」
カインが苦笑した。
ゴルドフィア王も苦笑する。
「すまん、すまん。ついつい反応してしまってな」
「いや、わかる。気にしていない」
「そうか、理解してもらえるか! 儂が言うのもなんだが、ブリジットは美人で器量良しで、男の目を惹きつけて止まないからな。色々を心配してしまうのだ」
ジロリ、とゴルドフィア王がこちらを睨んだような気がした。
なぜだ?
「その気持ちは理解できる」
「うむ、うむ」
「セラフィーは、まったく別のタイプだが……明るい性格と親しみやすさ。それと、美人ではあるからな。団の中にも言い寄る男はたくさんいた」
「けしからん話だな。そのような者は斬首するべきではないか?」
「ああ、その通りだ」
ものすごく物騒な会話だ。
娘に近づいただけで斬首とか、どんな悪政だ。
それとも、年頃の娘を持つ親にとって、それは当たり前のことなのだろうか?
二人の気持ちがわからず、どうにも言葉を挟みづらい。
黙々と酒を飲む。
「……ところで」
ゴルドフィア王の視線が俺に移動した。
その目は刃のように鋭い。
「最近は、ブリジットだけではなく、パルフェやシロとも仲が良いようだな?」
「……とても良くしてもらっています」
なんだか、話の流れがまずい。
飲んでいるのに汗が流れてきた。
「儂は、王としても親としても寛容なつもりだ。娘の行動一つ一つに口を挟むつもりはない」
「は、はい」
「しかし、しかし……だ。三人の間でふらふらしているようでは、安心できないというもの」
「いえ、決してそのようなことは……」
ふらふらしているとか、そんなことはない。
俺は執事。
仕えるべき主のために、全力で仕事をがんばるだけだ。
恋仲になるなんてあるわけがないし、あってはならない。
「そういえば」
カインが思い出した様子で言う。
「最近、セラフィーと仲が良いらしいな? 部下から、そんな報告を受けているぞ」
「え」
「今の話を聞くと、王女達とも仲が良いようだが……俺の娘は遊びなのか?」
「い、いや。ちょっとまってほしい。確かに色々と話はしているが、そういう仲の良さではなくて……」
「貴様……言い訳を重ねるか? 男として見苦しいと思わないのか」
「いや、本当に……」
「カインの言う通りだ。男ならば、覚悟を見せてみろ。でなければ、儂の娘達はやれん」
「セラフィーもやれないな」
「だから、えっと……ああもうっ、なんでこんなことに!」
気軽に参加したものの、この二人と飲むのは危険だ。
直接、言葉にするのははばかられるけど……
この二人は親ばかだ。
表ではそう見えないけど、裏では娘を溺愛している。
そんな二人が顔を合わせ、酒を飲めばどうなるか?
こうして、とんでもなく面倒なことになる。
「どうなのだ!?」
「答えてもらおうか」
「……助けてください」
この日、俺は心の底からの救援を求めるのだった。




