108話 また一人
「よっ」
城内を歩いていると、セラフィーに気軽な様子で声をかけられた。
彼女は、一度、捕縛されたものの……
今は、暁と正式な契約を結んだため、自由の身だ。
一応、監視はついているが、彼女はまるで気にした様子はない。
「なあなあ、今、ヒマか?」
「いや、仕事中だ」
馬小屋で雨漏りが発生しているらしく、それを修理しに行く途中だ。
「マジかよ。そんな仕事、受けてんのか?」
「雑用は執事の仕事だろう?」
「いや、ちげーと思うけど……」
なぜか、ここでも認識の違いが発生してしまう。
なるほど、そういうことか。
セラフィーは傭兵だから、一般的な知識に疎いのだろう。
決して俺が間違っているわけじゃない。
「10分くらいで修理は終わると思うから、その後なら、多少の時間は空いているが」
「修理はえーな!? いや、まあ、それはいいんだけど……なら、私の訓練に付き合ってくれよ。またバトろうぜ」
戦おうぜ、ということか?
「断る」
「えー、なんでだよ。やろうぜ? 楽しいぜ?」
「多少の時間が空いているだけで、他にも仕事はある。それに、俺は執事だ。戦闘は専門外だ」
「あははは、マジうける。あれで専門外とか、嘘下手だなあ」
いや、本当に専門外なのだが……
「こう見えても、私、今までカイン以外に負けたことないんだよね。それなりに自信あったんだけど、でも、それは木っ端微塵に打ち砕かれたわけだ」
「ご愁傷さま」
「アルムが言うなよ。あ、名前で呼んでもいいよな?」
すでに呼んでいる後で確認されてもな。
「悔しいとかやり返したいとか、そういう気持ちがないっていうと嘘なんだけど。でも、それ以上にワクワクしてるんだ。アルムともっと戦いたい、ってな」
「バーサーカーみたいだな」
「わりとそういう認識で問題ないかもな。カインや他の団員からも、ちょくちょくそんな感じで呼ばれているし」
冗談のつもりだったのだけど、真に受け止められてしまった。
ただ、わかる気がした。
セラフィーと戦った時、猛獣を相手にしているかのようだったけど……
ただ、この子から憎しみや怒りという感情は伝わってこなかった。
あるのは、楽しいという喜び。
それだけ。
冗談とか誇張とかではなくて、本当に戦うことが好きなのだろう。
そこに悪意はない。
だからこそ、ヒカリをあんな目に遭わせた相手だとしても、どこか憎めず、こうして普通に接することができているのだと思う。
……ヒカリの方は怯えてしまい、今も、ちょっと離れたところから見守っているが。
「な、バトろうぜ?」
「だから、今は仕事中だ」
「なら、いつやってくれるんだよ?」
「はぁ……勤務時間外なら、訓練ということで付き合うよ」
受けるまで絡んでくるだろう。
そう判断した俺は、ため息をこぼしつつ、仕方なく引き受けた。
すると、セラフィーは俺が思っていた以上の笑顔を浮かべて、喜ぶ。
「よっしゃ! 付き合ってくれるんだな!? サンキュー!」
その喜び方は、とても素直で純粋で……
ともすれば子供のようだった。
戦うことを生きがいとして。
それを趣味として。
いったい、彼女はどんな人生を送ってきたのだろう?
少しだけセラフィーのことが気になった。
と、その時。
「お、お兄ちゃん……」
シロ王女が通りかかる。
なぜか驚いて、わなわなと震えていた。
「その人と、つ、付き合うって……本当?」
「え」
「シロじゃなくて、ブリジットお姉様やパルフェお姉様でもなくて、その人なの!? その人のことが好きなの!?」
まずい。
とんでもない勘違いをしているみたいだ。
「お兄ちゃん、ひどいよ! シロというものがありながら!」
「おいおい、アルム。浮気はよくねえぞ?」
「違う! そういうことではなくて……」
「お兄ちゃんのばかー!」
「ダメ人間なんだな、お前」
「落ち着いてくれ。釈明を、話を……ああもうっ、なぜこんなことに!?」
……しばらくの間、俺は、シロ王女にぱたぱたと叩かれてしまうのだった。




