103話 信じていた
「ひぃっ!?」
砦の最奥の部屋に入ると、見知らぬ男と……そして、ブリジット王女の姿があった。
疲労しているみたいだけど、傷つけられた様子はない。
よかった。
騎士団の到着は遅れているみたいだ。
全ての団員を排除したと思ったが、まだ伏兵が残っていたらしい。
カイン・ナイツフィール……その力だけではなくて、策士でもあるな。
侮れない。
「き、貴様は何者だ!?」
男が逃げ腰で叫んでいた。
こいつは……
たぶん、今回の事件の大本であるナカド・ユーバードか。
余裕を失い、怯えと恐怖の色を顔に貼り付けている。
小物だ。
こんなヤツが、なぜブリジット王女を誘拐できたのか謎ではあるが……
その追求は後々でいい。
「どけ」
「わ、私を誰だと思っている!? ユーバード家を束ねる、ナカドだぞ! 控えろ、平民風情が! 貴様を社会的に抹殺することなど、簡単なのだぞ! わ、私の一声で多くの者が動いて、一瞬ではぐぅ!?」
うるさいので殴って黙らせておいた。
思い切り吹き飛んで……
その拍子に手足が変な方向に曲がったものの、どうでもいい。
「ブリジット王女!」
「アルム君!」
ブリジット王女を抱きしめた。
強く、強く……
もう二度と離さないように、しっかりとこの手に抱いた。
「すみません、遅れてしまいました」
「ううん、ううん……! そんなことないよ。アルム君は、こうして助けに来てくれた。絶対に来てくれるって、信じていたから」
「ありがとうございます」
「もう、なんでアルム君がお礼を言うの? 私が言わないとなのに」
「信じていただけたことが嬉しくて」
「ふふ。やっぱり、おかしなアルム君……って」
こちらを見て、ブリジット王女の顔色が変わる。
「そ、その怪我……大変! 早く治療しないと!」
「あぁ……すみません。服を俺の血で汚してしまいました」
「そんなことはどうでもいいの!!!」
ものすごく怒られてしまう。
たまにだけど、ブリジット王女は本気で怖いんだよな。
「ああもう、こんなに傷ついて……ど、どうしよう? 私、治療魔法は使えないし、治癒キットもこんなところにはないし……」
「大丈夫です。問題ありません」
「あるよ!」
「しかし……」
「……嫌なの」
ブリジット王女は涙を浮かべつつ、小さな声で言う。
「それがアルム君のやるべきことだったとしても、私のせいでアルム君が傷つくのは嫌なの……」
「……ブリジット王女……」
「アルム君がボロボロになっていたら、私、胸が痛くなって、悲しくて寂しくて、辛くて……やだよ」
「……大丈夫です」
不敬と承知しつつ、もう一度、ブリジット王女を抱きしめた。
「俺は、あなたの執事です。あなたを主として、仕えています。なので、命令してください」
「どんな……?」
「無断でいなくならないように、と」
「……うん」
ブリジット王女は目尻の涙を指先で拭う。
そして、じっとこちらを見る。
「命令だよ、アルム君。私の許可なしに、どこかに行かないこと。絶対に無事に帰ってくること。いいね?」
「はい、了解いたしました」
俺は、そっとブリジット王女の手を取り……
手の甲に静かにキスをした。
それは誓いの証。
絶対に破られることのない成約だ。
「……」
「ブリジット王女?」
なぜか、ブリジット王女がフリーズしていた。
その頬は赤い。
どこか潤んだ瞳で手の甲をぼーっと見つめている。
「ブリジット王女、どうかしましたか?」
「はっ!?」
もう一度声をかけると我に返った。
「あ、えっと……う、ううん! なんでもないよ! なんでも!?」
「そうですか? しかし、顔が赤く……」
「気のせいだから!」
「そのようなことは……」
「気のせい!!!」
「……はい」
主が、カラスは白と言えば白なのだ。
そこに疑問を持つことは許されない。
「ブリジット王女!」
「見ろ、アルム殿が……!」
「よかった! 二人共、無事だ!」
ほどなくして騎士団の応援がやってきた。
「無事ですか!?」
「うん、大丈夫。アルム君が助けてくれたからね」
「アルム殿は……うわっ、その酷い怪我は!?」
「少し、無理をしたので。そちらの状況は?」
「砦、及びその周囲は完全に制圧しました。関係者も全て捕らえてあります。ただ、それに時間をとられてしまい、アルム殿に負担を……」
「いいです。気にしていませんから。こうして、無事にブリジット王女を救出することができた。それで十分ですよ」
「アルム殿……感謝いたします!」
「ただ……」
さすがに、そろそろ限界だ。
血も足りない。
体力も気力も魔力も、とっくに使い果たしている。
「少し……眠ります……」
「アルム君!?」
ブリジット王女の悲鳴。
それを耳にしつつ、俺はゆっくりと意識を手放した。




