10話 土壌改革
「うーん」
ある日のこと。
いつものように仕事をしていると、ブリジット王女が一枚の書類を手にして、なにやら悩ましげに唸っていた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと悩み事が……これ、見てくれる?」
「拝見します」
ブリジット王女が見ていたのは、今年前半の農作物の収穫に関するデータだった。
「これも見て」
追加で渡されたのは、ここ10年の収穫物のデータ。
それを見て、ブリジット王女がなにに悩んでいるのか理解した。
「農作物の収穫量が減っていますね」
「そうなんだよー。一気にガッツリっていうわけじゃなくて、年々徐々に、っていう感じなんだけど……これが続くとまずいことになっちゃう」
今はまだ大きな影響は出ていない。
しかし、このペースで減量が続くと、5年後には飢饉に発展するかもしれない。
「どうにかして今のうちに止めないといけない。たくさんの研究者に協力してもらっているんだけど……」
「うまくいっていないんですね?」
「そうなんだよぉ……減少ペースを鈍化させるだけで、反転させることはできないんだよぉ……」
ブリジット王女はへなへなと崩れ落ちて、
「でも、なんとかしないと。みんなを飢えさせるなんて、絶対にしちゃいけないからね」
すぐにキリッとした表情になり、別の書類を睨むようにして見る。
全ては民のために。
それが彼女の行動原理なのだろう。
そんな王女だからこそ、力になりたいと思う。
「ねえねえ、アルム君。アルム君ならなんとかできないかな?」
「はい、やってみせます」
「なーんて、やっぱりダメだよね……って、できるの!?」
「絶対とは断言できませんが、試してみたいことはあります」
「あ、あああぁ……」
ブリジット王女はふらふらと立ち上がり、
「やだもー! アルム君最高! しゅきーっ!!!」
「ちょ……!?」
喜びのあまり、思い切り抱きつかれてしまうのだった。
――――――――――
「まず、肥料を使いましょう」
「肥料ならすでに使っているよ?」
「それは天然素材の肥料ですよね? 天然素材の肥料も悪くないんですけど、ちょっと効果が足りない時があります。なので、人工素材の肥料を使います」
「え? 人工素材の肥料なんてあるの?」
「魔法で作成することができます。魔力が込められているので、植物にとって、とてもいい栄養になりますよ」
「魔法で肥料を……うわ、なにそれ。その発想、まったくなかったんだけど。さすがアルム君だね♪」
――――――――――――
「郊外にある使われていない土地を畑にしましょう」
「でも、耕すための人手はないよ?」
「魔法で簡単に耕すことができます。こんな感じで」
「うわ……荒れ地が一瞬で畑に……」
「さきほどの肥料を蒔いて、しばらく寝かせましょう。そうすればたくさんの作物が取れる豊かな畑になるはずです」
「でも、管理する人がいないよ?」
「なぜかわかりませんが、最近、帝国からの難民が増えているみたいですね? その人達に任せましょう」
「おぉ、なるほど。仕事を与えることもできて、一石二鳥だね」
――――――――――
色々なことを試して、土壌改革を行い……その結果。
「おおおおおぉ♪」
畑を見に行くと、大量の果実が実っていた。
みずみずしくて美味しそうなだけじゃなくて、大きさは通常のものの数倍。
夢のような光景に、ブリジット王女は目をキラキラと輝かせる。
「すごいすごいすごい! すごいねぇ♪ ここは楽園か! パラダイスか! って、どっちも同じ意味やないかーい!」
ブリジット王女のテンションがおかしい。
「まさか、ここまで改革できるなんて……ほんと、アルム君様々だね♪」
「いえ、俺は大したことはしていないので。本当にがんばったのは、あの後、しっかりと畑を管理してくれた人達ですよ」
「もちろん、それはあるよ? でも、基本的な土台ができていないとダメ。どうしようもならなかった。アルム君は、その土台をしっかりと作ってくれた。だからみんな、感謝しているんだよ?」
ブリジット王女の視線を追うと……
「ありがとな、兄ちゃん! 兄ちゃんのおかげで、今年の冬はなんとか越せそうだ」
「俺達の畑がこんなになるなんて……ああもう、農家やってて本当によかった! 感謝しかないぜ!」
「よかったら、またアドバイスをください。もっともっとがんばりたいです、一緒に!」
たくさんの人が笑顔をこちらに向けてくれている。
リシテアは笑顔を見せてくれることはなかった。
怒りの形相だけ。
その差に戸惑い、でも、嬉しくて……
自然と俺も笑顔を浮かべていた。
「あれ? なんだろう、このりんご」
ブリジット王女が手にしたのは黄金に輝くりんごだ。
「なんか、これ……ものすごーい希少価値のあるゴールデンアップルに似ているけど、あはは、まさかねー」
「それ、ゴールデンアップルですよ」
「マジで!?」
ブリジット王女と、そして、話を聞いていた農家の人達がざわついた。
「ゴールデンアップルは、一つで金貨一枚くらいするんだよ!? 種となれば、金貨百枚はくだらないはずなのに……いったい、どうやって?」
「え? それくらい、執事なら用意して当然でしょう?」
「執事だから、で片付けられても、ものすごーく困るんだけど……」
「ですが、執事ならやって当然のことなので。帝国では、それが当たり前でしたから」
「ゴールデンアップル食べたいから、明日までに用意しておいてね。あ、もちろんもぎたての天然物よ」なんて注文は当たり前のようにあった。
「そ、それはまた……」
「ダイアモンドマスカットを食べたいから、天然物を取ってきて……と言われた時が一番大変でした」
「え? ダイアモンドマスカットって、まだ誰も栽培に成功していないよね? 未踏の『果ての大地』にしか生息していない、って聞いているけど……」
「はい。なので、果ての大地に行って取ってきましたよ」
「なんで!? どうやって!?」
「執事のスキルでどうにか」
「執事万能すぎる……」
ブリジット王女は呆れた様子でため息をついて。
それから、以前と同じように笑う。
「あはははっ、本当にもう……アルム君は、何度私を驚かせれば気が済むのかな? 私、毎日驚いてばかりだよ?」
「えっと……申しわけありません」
「でも、それがアルム君らしいのかもね。これからも私のことを、たくさんたくさん、たーくさん驚かせてね♪」
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