1話 幼馴染は皇女様
「だーかーらー! あたしはケーキが食べたいんじゃないの、マカロンが食べたいのよ。なんでそんなこともわからないの? バカなの? バカなのね?」
怒りの形相で「バカ」と連呼するのは、リシテア・リングベルド・ベルグラード。
ベルグラード帝国の皇女で、そして、俺の幼馴染だ。
光を束ねたかのような金色の髪は腰まで届いていて、キラキラと宝石のように輝いている。
綺麗に整えられた顔は異性の目を惹きつけて止まないだろう。
胸部の膨らみはやや寂しいものの、スラリと伸びた手足は彼女の魅力を体現しているかのようだった。
帝国の宝。
女神の化身。
希望の象徴。
……などなど。
彼女を称賛する声を聞かない日はない。
それほどまでにリシテアの帝国内での人気は高い。
……が、それは表の顔だ。
本当のリシテアはどうしようもないほどわがままで、性格破綻者ということを幼馴染の俺は知っている。
「で、なんでマカロンを用意しなかったわけ?」
「それは、姫様がケーキを食べたいと仰ったからで……」
「言い訳するな! 皇女であるあたしに逆らうつもり?」
「……」
これだ。
それは違うだろうと反論しようとすると、癇癪を起こしてしまう。
そして皇女の権限を持ち出してくる。
俺……アルム・アステニアはリシテアの幼馴染だ。
両親が城で働いている関係で彼女と知り合い、よく一緒に遊んだ。
その後、両親が流行り病で亡くなり天涯孤独に。
途方に暮れた時、「あたしの執事をやりなさいよ」とリシテアに拾われた。
故に、俺とリシテアは幼馴染でありながら上下関係が成立している。
身分だけではなくて、雇用関係の差があった。
だから「皇女である」という話をされたらなにも言えなくなってしまう。
「はっ。なにか言うこともできないの?」
言い訳をするなと言ったのは誰だ?
リシテアの頭は鶏なのだろうか?
そもそも……
彼女はケーキを食べたいと言ったのだ。
それで俺は一流の職人に最高のケーキを作ってもらったのだけど、いざ運んでみると、「マカロンの気分なのよね」……だ。
ふざけているにもほどがある。
コロコロと気分が変わるリシテアの未来なんて予測できるか。
「……申しわけありません」
「あのねー、謝るだけなら誰でもできるのよ? 誰でも。そんなんじゃなくて、アルムにはもっと誠意を見せてほしいんだけど」
「と、申しますと?」
「今からマカロンを用意して。超特急ね。特別に30分だけ待ってあげる」
「いえ、それは……」
無理だ。
30分でマカロンが作れるわけがない。
そもそも、今は深夜だ。
料理人は休んでいて、材料は残っていない。
「ほら、早く早く。ちんたらしてないで、さっさと行動に移って」
「……申しわけありません。そのオーダーを叶えることは不可能です」
「はぁ?」
「時間が足りず、料理人もいません」
「アルムが作りなさいよ。得意でしょ、そういう雑用」
「確かに、俺なら作ることはできますが……しかし、すでに調理場の火は落とされているでしょう。マカロンを作るために再び火を使うというのは、他の方々の迷惑になることも……」
「うるさいわねっ!!!」
ガシャンッ!!!
癇癪を起こしたリシテアが花瓶を投げつけてきた。
破片が飛んできて頬が切れる。
でも、俺はじっと耐えていた。
なにか反応すれば、さらにリシテアが激怒することは間違いないから。
「ったく……あんた、本当に使えないわね。そんなんであたしの専属とか、笑えてくるんだけど」
「申しわけありません」
「さっきからそればかり。頭を下げていれば終わると思っていた? なんでも解決できると思っていた? 違う、違うのよ? それ、問題を先送りにしているだけで、なーんにも解決していないから。むしろ、あたしを怒らせているだけ。そのことに……いい加減に気づきなさいよっ!」
再び花瓶が飛んできた。
大きな音が響くけど、人が駆けつけてくることはない。
リシテアは狡猾だ。
俺に八つ当たりをする時は、いつも人払いをしている。
だから彼女の素を誰も知らない。
「あーもう……萎えた。めっちゃ萎えた。もういいわ、その辛気臭い顔を見せないで。さっさと消えて」
「あの、マカロンは……?」
「そんな気分じゃないわ。っていうか、こんな時間にマカロンを食べるわけないでしょ、バカなの? バカなのね?」
だから、ちょっと前の自分の発言をしっかりと覚えていてほしい。
「ほら、さっさと出ていって。今日はもう、アルムのような無能の顔は見たくないの。吐き気がしてくるわ」
「……失礼いたします」
俺は一礼してリシテアの部屋を後にした。
しばらく歩いて……
「はぁ……」
大きな吐息をこぼす。
今日も罵詈雑言を浴びせられた。
花瓶を投げられるのは、ほぼ毎日だ。
こんな日々はいつまで続くのだろう?
「昔は優しかったのに……」
小さい頃のリシテアは活発で男勝りなところはあったけれど、でも、とても優しい女の子だった。
一緒に遊んで、おやつを交換して、並んで昼寝をして……
そして、俺の両親が亡くなった時、一緒に泣いてくれた。
だから、彼女に一生仕えようと思った。
拾われた恩を一生を賭けて返していこうと思った。
……恋をした。
「でも……あの頃のリシテアはもういないんだよな」
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