story-03
彼との出会いは、おおよそ300年前。
通りすがりのドラゴンに見初められて諸国を滅ぼし掛けた折りのこと。
それを阻んだのがクリスティアンだったのだ。
――今は無きカーテュ帝国の守護竜。
――その牙をもって裁かれるべき罪人。
フレデリカの死をもって終わるはずだった2人の関係は、しかし、神造合金さえも砕くクリスティアンの牙が『無害化の加護』に負けを喫したことで一転する。
――呼び名の通り千の年月をゆうに生きる竜。
――人の身ながら不老と不死を約束された女。
多くのものが時の流れに攫われ消え行く中、竜の死を越えてなおこの世に取り残される運命を新たな罰を課す必要がないほどに重たいものとして、クリスティアンはフレデリカの罪を赦し、その生き様を、他者を狂わせて止まない美しさを愛でることを良しとした。
「どうした、乗らぬのか?」
不思議そうに問われてハッとする。
「すみません、少しぼうっとしていたようです」
フレデリカは慌ててクリスティアンの尻尾に抱き付いた。
――軽く10メートルは超えようかという巨躯を誇る彼の背に乗るには、尻尾の先から登って移動するかこれにしがみ付いて運んでもらわねばならないのだ。
「移動の間は眠っておけ。どうせ2日は掛かる」
気を遣わせてしまったらしい。
竜の表皮は魔力を帯びており気圧や気温といった物理的な問題の尽くを弾き飛ばす。
騎乗時はこの魔力の恩恵を受けられるので眠っていても振り落とされる心配はなかった。
「そう、ですね。それではお言葉に――」
「フレデリカッ!」
クリスティアンの背中の上に降り立った直後。
聞き覚えのある声に名を呼ばれてギョッとする。
振り返るとそこには、愛馬に跨ったまま困惑と焦燥を綯い交ぜなした表情を浮かべる赤髪の青年――エリック・ド・ザルバレイドの姿があった。
「エリック様!?」
彼の後ろには数名の騎士が続く。
護衛だろう。
クリスティアンに気圧されたのか完全に腰が引けてしまっているが。
「君のことが心配で追い掛けてきたんだ。しかし、そのドラゴンは……」
千年竜とドラゴンの見極めは芸術品や宝石の真贋に例えられるくらいに難しい。
フレデリカもクリスティアンもそれを分かっているのでエリックの間違いを指摘するような無粋なマネはしなかった。
しかし、説明に悩む。
「ええっと……」
「これは俺のものだ。分かったなら下がるがいい」
「クリスティアン!?」
ちょっと待って欲しい。
竜の牙をもってしても裁きを与えられぬとあって、フレデリカの処遇に困ったカーテュ帝国が彼女の身柄をクリスティアンに預けたのは事実だ。
今も昔と変わらず庇護下に置いてくれているという意味において彼の主張は正しく、それを否定するつもりはない。
――だが、時代が変わったのも事実。
ドラゴンの強襲。
守護竜の裏切り。
人心が離れるに余りある事件とカーテュ帝国の滅亡が重なったことで彼らの威光は地に落ちて、現代では諸悪の根源かのような扱いを受けている。
(エリック様は外見で人を判断するお方ではありませんが……)
誤解しないとも限らない。
(ああ! どんどんとお顔が険しくっ!)
フレデリカは身を乗り出した。
もちろん無駄な争いを避けるためで、火に油を注ぐつもりはなかったのだが。
「お待ちください! この件に関しては事情が」
「事情? なるほど。過去に何があったにせよ、君がそちらのドラゴンからもの扱いを受けているのは紛れもない真実のようですね」
「なんだ、俺に挑む気か?」
「その通りだドラゴン!」
待って。お願い待って。
どうしてそうなる。
2人を止めようと口を開くが勢いに押され、声量で敗れ、たまに耳を傾けてもらえたかと思えば意図しない方向に話が転がる。
フレデリカは泣きそうになりながら今日1番の大声で叫んだ。
「私を愛しているなら話を聞いてくださいっ!!」




