story-02
一般的に、瘴気は銀の魔女が発生させているものと考えられており、積極的に関わろうとする人間が少ないことも1つの要因と言えるだろう。
瘴気の話を聞くたびに現地へと赴いていたら『銀の魔女が姿を現す前兆』と認識されるようになったところから転じて、放っておけば収まるもの、放っておくしかないものと思われるようになったのだ。
噂を真実と思い込んだままフレデリカを牢に繋げば瘴気による被害は増加の一途を辿る。
そう、安直な先人たちが身をもって証明した結果『銀の魔女に手を出せば瘴気が酷くなる』とも伝えられている。
(あながち間違いでもないので否定しづらいのですが……私に会いたいがために瘴気の中へと入っていく方がおられるのはどうにかならないものでしょうか……)
フレデリカには道を急ぐことしかできない。
到着するより前に命を落とした相手を救うことはできないのだ。
(不眠不休が叶うならもう少し早く進めるのですけれど……)
残念ながら『疲れ知らず』とはいかなかった。
動いた分だけ肉体は疲弊する。
ピークを過ぎても死には至らないというだけで。
睡魔は定期的にやってくる。
2、3日程度ならまだしも5日以上掛かる距離ともなれば、無理を押すより休息を挟んだ方が効率的と言えた。
現在地からタゼルバイエン公国の南方まで馬を借りたとしても1週間――。
最短で1週間だ。
「店長、この店で1番の肉料理を」
カチッ、と音を立たせながら金貨を置いた男が隣の席に着く。
反射的に振り返ったフレデリカは驚きのあまり椅子から落ちかけ――。
クリスティアン!
声にならない声で男の名を呼んだ。
金髪紅眼の美丈夫――クリスティアンは傲慢さの滲む笑みで応える。
「そう喜ぶなフレデリカ。気持ちは分からないでもないが、周囲の視線を集めるのはお前の望むところではなかろう?」
喜んではいない。驚いただけで。
それに、周囲の視線についてはクリスティアンが現れた時点で手遅れというか……。
地面に付きそうなほど長い金糸の髪。
隠すところは隠しつつも素肌を晒すことを惜しまない奇抜な衣装。
細くしなやかながらも男臭さを感じさせる筋肉質な手足に走る紋様。
無造作に差し出された金貨。
……どこをどう取っても目立つ要素しかない。
「どうしてここに?」
フレデリカは気持ちを落ち着かせようと自身の胸元を押さえながら尋ねた。
しかし、
「決まっている。お前が俺を欲するからだ」
自信家の彼らしい返答に思わず押し黙る。
……確かに、確かにだ。
クリスティアンの力を借りれば最短でも1週間は掛かる道のりを大幅に短縮できる。
聞きたかったのは自分をどのようにして見付け出したのか、その方法についてだったのだが……。
尋ね直しても頭を抱えたくなるだけだろう。
「察しの良さに感極まって声も出せぬか。仕方あるまい、特別に我が頬へと口付けることを許そう。感謝の意はその行動をもって示すがよい」
ふふん、と鼻を鳴らしたクリスティアンにツッコミを入れるべきか否か。
フレデリカは数秒悩んだが結局、彼の期待に応えて頬に口付けることにした。
感謝の意を示すことそれ自体に異論はない。
「ありがとうクリスティアン」
注文した肉料理が届く。
それをしっかり食べ切ってから店を出た2人は町の外、広々とした草原の中ほどまで移動した。
――日は傾いて夕暮れも近い。
夜の帷が降りるまで約1時間といったところか。
雲のない空を見上げるフレデリカの横で、瞬く間に変貌したクリスティアンが黄金の鱗と翼を持つ千年竜――ドラゴンに似て非なる上位種の姿を取る。
猛々しくも聡き聖なる輝きの徒。
人ならざるその身こそが彼の生まれ持った姿だ。