不自然な証言
恵太郎……中学生ながら天才的な推理力を持つ。
ヒトミ……大学生。恵太郎の姉。
鳥羽……新米刑事。ヒトミとは恋人同士。
服部……警部。鳥羽の直属の上司。
柴崎……老教授。密室でナゾの死をとげる。
大平……助教授。柴崎教授の助手。
食堂の店主……朝日食堂の主人。
「今日は、わたしが作ったのよ」
玄関でヒトミの声がはずむ。
「恵太郎君、いる?」
ヒトミの言葉を軽く受け流し、鳥羽は二階に目を向けた。調べてきたことを、すぐにでも恵太郎に話したかったのだ。
「勉強もしないで、なにをしてるんだかね」
「話があるんだ」
「昨日の続き?」
「ああ。宿題、出されてるからね」
「サラダができたら、すぐにでも食べられるの。早く切りあげてね」
ヒトミがキッチンのドアを開けたとたん、カレーのにおいがプーンと漂ってくる。
――げっ、カレーだ。それも、ヒトミさんが作ったって言ったよな。
カレーのにおいから逃げるように、鳥羽は階段をかけあがって、恵太郎の部屋へと向かったのだった。
階下の鳥羽の声が聞こえていたのか、恵太郎が待ちかまえていたように自分の部屋へと招き入れる。
「鳥羽ちゃん、なにかわかった?」
「オレ、どうも刑事に向いてないらしい。ヒントの宿題、ぜんぜん解けてないんだ」
鳥羽は苦笑いしながら腰をおろした。
「気にしないで。それより大平のこと、調べてくれたんでしょ」
「ああ、本人と会ってな。それで靴のことも聞いてみたよ。どうして靴でガラスを割ったのかをね」
「どうだった?」
「前の証言と変わらなかったよ。庭を探したけど、なかなか割る物が見つからなくて、そんなときとっさに靴に気がついたって」
「それって、前の証言とちがわない?」
「えっ? どうちがうのかな。オレは気づかなかったけど」
「前はね、足でけって割ろうと思ったら、靴に気がついたんじゃなかった?」
「そうだったかな? たとえそうでも、たいして変わらないような気がするけど」
「ちがうと思うよ。ボクは最初に話を聞いたとき、靴のことがすごく気になったんだもの」
「それって、そんなに重要なことなの?」
「とってもね。たぶん大平も、そのことに気づいてないのかも」
「なんで恵太郎君って、そんな小さなことまで気がつくんだよ?」
「わかんない、ひらめくだけだから」
実際のところ恵太郎も、なぜ気がつくのかと問われてもこまるのだ。
「ごはんよー」
階下からヒトミの呼び声がする。
――昼はラーメンにすべきだったな。
深いため息をつく、今日の鳥羽であった。
夕食後。
三人はヒトミの部屋に集まっていた。
鳥羽と恵太郎はコタツに入り、ヒトミはベッドに腰かけ編み物をしている。
「ねえ、だいじょうぶ? 胃薬、取ってこようか」
恵太郎が同情するように鳥羽の顔を見る。
「だいじょうぶ、じきにおさまるから」
鳥羽はひどい胸焼けらしく、さっきから何度もゲップを繰り返していた。
「でも、そうとうひどいよ」
「なによ、失礼ね。どうせカレーのせいだって、そう言いたいんでしょ」
ヒトミが恵太郎をにらむ。
「あれ? おねえちゃん、珍しいことしてるね」
「あたしだってセーターぐらい編むわよ。もうちょっと待っててね、鳥羽ちゃん」
ただ手にしているそれは、セーターの形をなしていなかった。ひいき目に見てマフラー。いや、オヤジの腹巻である。
「それって、去年から編んでない? 来年の冬までに完成したら、ほめてあげるけどな」
「もうー、バカにして。あなた、もっと姉思いになりなさいよ」
だが、弟にバカにされてもしかたない。ヒトミの編み物に対する熱意は、去年も一週間とは続かなかったのだから……。
「ほら、靴のことだけどね」
鳥羽が夕食で中断された話の続きを始める。
「初めはガラスをけって割ろうした。それが今日の大平の話では抜けていた。そこのところが重要ってことだったよね」
「うん、そうだよ」
「それで重要って、どういうことなの?」
「じゃあね。鳥羽ちゃんなら、あの場に居合わせたらどうしてた?」
「オレだったら……」
鳥羽が目をつぶって下を向く。……が、十秒も目を閉じてなかったろう、ガバッと顔を上げた。
「オレなら、そのままけり割ってたよ」
「でしょ。とっさのときほどね」
「てっことは、靴を手に持って割るのはおかしいってことだな」
「ついでにもうひとつ。鳥羽ちゃんだったら何秒で割れる?」
「足でければ一発だ。十秒もあればな」
「大平はどのくらいかかった?」
「三分ぐらいかな。店主が電話をかけに行ってた間だからね」
「そう、不自然に時間がかかり過ぎてるんだ。だとしたら、証言はウソということにならない?」
「なるほどなあ」
鳥羽が目を輝かせる。
そんな鳥羽を見て、ヒトミが横から口をはさんだ。
「ねえ、待ってよ。鳥羽ちゃん、そんなに単純に喜んでいいの?」
「えっ、どうして?」
「だって、そうでしょ。たとえ大平の証言がウソだったとしてもよ、その証拠がないわ。それに密室で、どうやってやれたのよ?」
「そうだよな」
鳥羽はまたしても迷路に入ってしまった。
「わからなくなってきたよ。恵太郎君は密室のトリックまで解いてるっていうのに……。オレ、刑事の素質ないんだよな」
「ねえ、恵太郎。ケチケチしないで、この際みんな教えてあげたら。このままだとノイローゼになって、鳥羽ちゃん、刑事を失業しちゃうじゃないの」
ヒトミが恵太郎をにらんで脅迫する。
「だけどね、ボクがなにからなにまで話したら、刑事の鳥羽ちゃんの立場が……」
「そうなんだよな。オレだって、いっぱしの刑事だもんな」
鳥羽はさらに落ちこんでしまった。