表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

自転車のブレーキ音

 鳥羽は大学をあとにすると、その足で次の目的地の朝日食堂へとまわった。

 腹もすいていたのだが、食堂の主人に詳しい話を聞かなければならない。ヒントに自転車のブレーキ音の件があったからだ。

 昼メシどきとあって食堂は、来店客で席がほぼ埋まっていた。とりあえずカレーを注文してから、鳥羽は店主に声をかけ店の外に誘い出した。

「お忙しいときにすみません。実は店の自転車のことなんですが」

「うちの自転車がなにか?」

 店主が店先にある自転車に目を向ける。

「すみませんが、ちょっと乗って急ブレーキをかけてみてくれませんか」

「事件と、なにか関係でも?」

「いえ、たいしたことじゃないんです」

 鳥羽は言葉を濁した。

 どういった関係があるのか、自分だってわからないのである。

「いいですよ」

 店主は重そうな自転車にまたがると、いったんその場から二十メートルほど離れて向きを変え、そこから一気にペダルをこいでスピードを上げた。

 自転車が鳥羽に向かってくる。

「かけますよ」

 店主が声を出し、そこでブレーキをにぎりしめた。

 耳をつんざくような音がする。

 車輪が三メートルほど路上をすべったあと、自転車は鳥羽の横で止まった。

「こんなもんでよかったかな?」

「けっこうですよ」

「いやあー、このとおりオンボロでしてな。ブレーキのききが悪いんで、あんときも勢いあまって、門柱にぶつかりそうになったんですわ」

「はい。事情聴取のときにも、たしかそのようにおうかがいしました」

「そうでしたな。すぐに現場にもどったことを、刑事さんにわかってもらいたくてね」

 店主は苦笑いを浮かべ自転車から降りた。

「ありがとうございました」

「お役に立ちましたかな?」

「ええ、まあ……」

 鳥羽は返事にこまって、ここでも言葉を濁さざるをえなかった。

 根拠があって頼んだことではない。ブレーキ音を聞いたら、なにかわかるかも……。そうした思いで頼んだにすぎないのだ。

「じつは……」

 店主が話しにくそうに切り出す。

「なんでしょう?」

「もっと早く先生を病院に。あのとき、そのことに気づいておればですね」

「なにをお気づきに?」

「いえ、もういいんですよ。どうしたって、まにあわなかったでしょうから」

 店主はなにやら後悔しているようだ。

 そのとき店から妻が顔を出し、店主に早く帰ってきてくれと声をかける。

「すみませんね、今がかき入れどきなもんで」

 店主は自転車を店先にもどすと、それから速足で店の中に姿を消した。

 注文しておいたカレーがそろそろできあがるころである。鳥羽も空腹を満たすため、店主のあとを追うように食堂に入った。

 店主はすでに、カウンターの中でせわしげに立ちまわっている。

 食べる間……。

――なんで後悔を?

 鳥羽はそのことばかり考えていた。

 教授の家から食堂まで、自転車を飛ばせば一分ほどである。食堂の電話で救急車を呼んだこと、そのことは後悔するほどまちがったことではない。

 そもそも救急車が到着するまで、ある程度の時間がかかるのはよくあることだ。

 答えが出ないまま……。

 腹を満たし、朝日食堂をあとにする。

――ヒトミさんのカレー、とうぶんは遠慮だな。

 ふくらんだ腹をなで、鳥羽はいたってまじめに思ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ