ナゾ解きのヒント
「ヒントをあげるね」
恵太郎が助け舟を出す。
「まず車、それに音」
「車って?」
「大平の乗ってきた車だよ」
「そっかあ。あの日、大平は車で来てたんだよな。それで音ってなんだよ?」
「自転車の急ブレーキの音」
「それって、食堂の主人の?」
「門柱にぶつかりそうになったって、そう話してたじゃない」
「だけど事件とはあまり関係ないみたいだし。もっとわかりやすいヒントはないの?」
「じゃあ、靴にハンカチ」
「それならオレにもわかるよ。大平がガラスを割るのに使った靴だろ。それに指を切ったときに使ったハンカチだ」
「さすがだね、鳥羽ちゃん」
「ちょっと待ってくれよ。事件との関係がわかんなきゃ、なんにもならないじゃないか」
「だからヒントだって。あとは鳥羽ちゃんが自分で考えるんだよ」
「いや、そうだったな。車に音、靴にハンカチか。だけど、なんで大平ってことに……」
しばし考えこんでいた鳥羽だったが、何やら気づいたらしく、おもむろに顔を上げた。
「ハンカチはなんとなくわかったよ。ナイフの指紋を消すのに使ったんだ。手袋なんか持ってちゃ、なんとも不自然だからな」
「そのとおりなんだけど、それだけじゃ大平が犯人だってことにはならないよ。大平の指紋、現場に残ってないんだからね」
「そりゃ、そうだな」
「でも、おしかったよ。ねえ、大平がハンカチ使ったの、もともといつだった?」
「ガラスで指を切ったときだろ」
「そこのとこ、よく考えてみて」
「指を切る、血が出るだろ。ハンカチを出して指に巻く。ハンカチに血がつく。ハンカチに血が……」
鳥羽はぶつぶつ言いながら、順を追って考えていたようが、いきなりオーッと声をあげた。
「ナイフの指紋をぬぐうとき、ハンカチに教授の血がつくはずだよね。それをごまかすために、大平はわざと指を切って自分の血をつけたんだ。血のついたハンカチを持ってちゃ、あとで疑われるからな」
「そうなの。それにね、それとは別に大事なことがもうひとつ。部屋に入ったあと、どうしてもハンカチを使わなければならないことがあったの。いきなり用もないハンカチを出したら、そこにいる店主に変に思われるでしょ」
「店主が変に思うことか……。うーん、それってなんだろうな?」
「密室トリックに関係してること」
「じゃあ恵太郎君は、密室トリックのこともわかってるんだ」
これまたびっくりの鳥羽である。
「とっくにわかってた。でも動機もわかんないと、ボクの推理は完璧にならないからね」
「で、どんなトリック?」
「それはお楽しみ。それより残りのヒントのことはどうなったの?」
「車に音、靴もあったんだよな」
鳥羽はコタツの上の靴を手に取った。それから何度もそれで、窓ガラスを打ち割るしぐさを繰り返していたのだが……。
「ふりまわさないでよ、わたしの靴」
部屋をのぞいたヒトミに叱られてしまった。
「食べられるわよ、降りてきて。お父さんもビールを出して待ってるわ」
ヒトミが夕食を告げる。
「どれもわかんないよ」
鳥羽はコタツから立ち上がりながら、なんとも情けない顔を恵太郎に向けた。
「じゃあ、宿題ってことに」
「わかった。次に来るときまで、かならず答えを出しておくよ」
「ねえ、カレーなんでしょ」
恵太郎がコタツから顔を上げ、鳥羽の腕を取る姉を見上げる。
「ちがうわよ!」
「じゃあ、お母さんが作ったんだ」
「もう!」
姉からゲンコツをもらって、恵太郎は顔を引きつらせたのだった。