表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

ナイフの指紋

恵太郎……中学生ながら天才的な推理力を持つ。

ヒトミ……大学生。恵太郎の姉。

鳥羽……新米刑事。ヒトミとは恋人同士。

服部……警部。鳥羽の直属の上司。

柴崎……老教授。密室でナゾの死をとげる。

大平……助教授。柴崎教授の助手。

食堂の店主……朝日食堂の主人。

 デパートで靴を買ってもらって(買わせたというべきか)上機嫌のヒトミと、鳥羽が家に帰ってきたのは午後の四時をまわっていた。

 恵太郎はこりもせず、ふたたび姉の部屋を訪問したのだった。

「いやーね、また来たの?」

 ヒトミがあからさまに顔をしかめる。

 それでもコタツの上の新しい靴を前にして、機嫌はいたってよさそうである。

 口うるさい姉にかまわず、恵太郎は早々とコタツに足を入れ、ちゃっかり居座りを決めこんでいる。

「おねえちゃん、お願いがあるんだけど」

「なあに?」

「コーヒー」

「もうー」

「オレも頼んでいいかな」

 鳥羽も笑って注文する。

「いいわよ、ちょっと待っててね。恵太郎、あなたのはついでだからね」

 ヒトミはがらりと態度を変え、さっそく支度にとりかかった。靴のお礼もあってか、鳥羽にはすこぶるサービスがいい。

「恵太郎君、例の事件のことなんだろ?」

「うん、教えてほしいことがあるんだ」

「なにかな?」

「まず指紋なんだけど……部屋の中、教授のものしかなかったんでしょ」

「そうだよ。とうぜんナイフにもね」

「じゃあ、ナイフについた指の向きもわかるよね」

「もちろんさ」

「ねえ、それを描いてくれる? おねえちゃん、紙と鉛筆」

 恵太郎はあごをコタツの台にのせたまま、目玉だけをヒトミに向けた。

「あなたって、ほんと人づかいが荒いんだから」

 例によって恵太郎をひとにらみしてから、ヒトミは紙と鉛筆を取ってきて鳥羽に渡した。

 鳥羽はナイフの絵を描いてから、その上に指の形を描き進めた。

 親指の向きが刃先と反対の方向に向いている。

「それって、おかしくない?」

「えっ、どうして?」

「人を刺すときのナイフのにぎり方って、親指の向きが刃先の方に向くでしょ。でも、自殺する者がにぎるときは、その向きが反対になるよね」

「だったらいいんじゃないの。親指の向き、刃先と反対になってるから」

 鉛筆をナイフに見立て、鳥羽が親指の向きを絵と見比べる。

「同じこと、犯人も考えたんだろうね」

「同じことって? なにがおかしいのか、オレにはわからないんだけど」

「そうよ、ちっともわかんないわ。それにあなた、コーヒーぐらい、今度から自分でいれてよね」

 ヒトミがくちびるをとがらせ、コーヒーカップを恵太郎の前に置く。

 恵太郎はコタツから顔を上げた。それからカップに砂糖をたっぷり入れ、スプーンでクルクルとかきまぜながら鳥羽の顔を見た。

「鳥羽ちゃんも言ったじゃないの。ナイフの刺し傷からして、かなりの力がいるって。それで、嫁さんの疑いが晴れたんでしょ」

「そうだけど……。恵太郎君の言いたいことが、どうもわかんないなあ」

 鳥羽はもどかしそうだ。

 そのとき階下から母親の声がして、ヒトミの名前が呼ばれた。

「わたし、夕食の手伝いしなきゃあ。鳥羽ちゃん、楽しみにしててね」

 ヒトミが立ち上がる。

 恋人に手料理をごちそうするつもりらしい。

「おねえちゃんね、カレーしか作れないんだよ」

「つまんないこと言わないの」

 恵太郎の頭をポカリとたたいてから、母親の料理の手伝いにと、ヒトミは部屋を出ていった。

 恵太郎が先ほどの話の続きを始める。

「だって、教授はお年寄りなんでしょ。嫁さんと同じで、自分の心臓を一突きで刺す、そんな強い力はないんじゃない?」

「たしかにそうだよね」

「それに自殺だとしても、自分の体重を利用しなけりゃ、深い刺し傷にはならないと思うんだけど。例えば床にナイフを立てて、一気にその上に倒れるとか……こうやってね」

 恵太郎は両手でナイフをにぎったマネをして、その上におおいかぶさるようにしてみせた。

「そうか、わかったよ。そのナイフのにぎり方、自殺のときと反対だもんな。つまり、床に刺されたようなものだからね」

「そうなの」

「てっことは、自殺なら指紋のつき方がおかしいということになるんだよな。恵太郎君、こいつはすごい発見だよ」

「でも、決定的な証拠にはならないよ。密室のこともわかんないとね」

「だよな。密室だったんで、捜査本部も自殺って断定したんだしね」

「それでね、調べて欲しいことがあるんだ」

「いいよ、なんでも言ってくれ」

「教授の助手、大平っていったよね。その人のことを調べて欲しいの。大学での評判、それに教授との関係もね」

「わかった、さっそく調べてみるよ。それで恵太郎君は、大平が犯人だって思ってるんだ」

「うん」

「でも、どうして大平って?」

「ボクが、それを話しちゃっていいの?」

「そっ、そうだよな。いっぱしの刑事なら、自分で考えなきゃあね。でも証拠がないからなあ。それに密室だし……」

 苦笑いを浮かべてから、鳥羽は目をつぶり考え始めたのだった。

 しばらくして……。

 首を無意味にグルグルまわし始める。結局、なにもわからなかったらしい。


挿絵(By みてみん)

                      雨音AKIRA 様より提供

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 天才推理少年が、そろそろ動き出しましたね。 お姉ちゃんとのからみが、くったくのない幼さを感じさせて、 さらに物語を面白くさせていると思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ