事件現場
この日は朝から、ヒトミの部屋に恵太郎と鳥羽が集まっていた。二人はコタツに足を入れ、顔を突き合わせるように座っている。
先ほどから……。
「なんか、ひっかかるんだよなあ」
鳥羽はいらだちを隠せないでいた。
「まあ、コーヒーでも飲んだら?」
カップを鳥羽の前に置き、ヒトミが隣に寄り添うように座る。
「おねえちゃん、ボクにもね」
両手はコタツの中、あごはコタツ台の上――といった体勢で、恵太郎もついでとばかりにコーヒーのおねだりをする。
「飲みたきゃ、勝手に自分でどうぞ」
弟の要求を受け流し、ヒトミは恋人である鳥羽に向き直った。
「だけど、内側から鍵がかかっていたんでしょ」
「そうなんだけどね。でも自殺する者が、死ぬ三十分前に出前なんか頼むかい?」
鳥羽は捜査結果に対する疑問を吐いてから、気持ちを落ちつかせるようにコーヒーをすすった。
鳥羽がどうして事件の内情に詳しいのか?
それは鳥羽自身が捜査一課の刑事であり、今回の捜査に参加していたからである。
「たしかに変よね。でもそれなら、なんで自殺ってことになったの?」
「死んだ自分を見つけてもらいたい。服部警部が言うには、自殺の場合そんなことがあるんだって」
服部警部とは鳥羽の直属の上司で、今回の捜査では現場でチーフをしていた。鳥羽は刑事になってからというもの、このベテラン警部にはずいぶん世話になっている。
「最後はね、本部長が自殺だって決定したんだ。だから捜査本部も解散ってことになった。でも、なにかがひっかかってしょうがないんだよな」
鳥羽は新米刑事である。本部の解散には反対だったが、声を大にして口にすることもできない。
「納得してないみたいだね、鳥羽ちゃん」
恵太郎が二人の会話にわりこんだ。
「恵太郎、あなた失礼よ。鳥羽ちゃんって、気安く呼ぶの」
ヒトミは口をとがらせながらも、恵太郎のコーヒーの用意を始めてくれた。
「いいんだよ、鳥羽ちゃんで。鳥羽ちゃんって、ヒトミさんからも呼ばれてるんだからな」
鳥羽が苦々しい顔で笑う。
鳥羽は大学生であるヒトミの先輩であり、そして恋人でもある。学生時代からヒトミのもとに遊びに来ていたので、ちょくちょく顔を合わせる恵太郎とも気心が知れていた。
「ねえ、恵太郎。コーヒー飲んだら、自分の部屋にもどってよね」
ヒトミがひとにらみする。
というのも事件のあったのが三日前で、鳥羽はその間ずっと捜査本部につめていた。今日その本部が解散して、やっと来れたというのに邪魔をされてはたまらないのである。
しかし、そんなことはおかまいなし。
恵太郎は目を輝かせて聞いた。
「事件現場、どんなだったの?」
「そうだな、書くものがあれば……」
「ちょっと待ってね」
ヒトミが紙と鉛筆を用意する。
鳥羽はコタツの上で、事件現場の敷地と家の配置図を書き始めた。
まず母屋と別棟の二棟を描く。
これら二棟は同じ敷地内にあり、四方を高い塀にかこまれていた。その高い塀により、敷地内は道路側からまったく見えない。さらには敷地に入る門以外、外からたやすく侵入できる箇所はなかった。
庭はさほど広くない。母屋と別棟とをつなぐ敷石のほかは全面が芝でおおわれており、植木や菜園などはまったくなかった。
母屋の玄関前には、唯一の出入り口である扉のついた門柱がある。事件のあった別棟に行くには、この門を抜けてから左奥に向かうことになる。
別棟はプレハブ建屋である。そして内部は、リビングのほかは簡易なキッチンと風呂とトイレのみ。
外まわりは玄関にサッシ戸が一枚。あとは窓枠が上下に仕切られたガラス戸がリビングに二枚あり、その外部には小さなテラスがある。
一方、母屋は広いが空き家となっていた。将来、息子夫婦が住むことになっていたのだ。
三分ほどで敷地と二棟の配置図、そして教授が死んでいた別棟の正面図を描き終わる。
「それで食堂の主人は……」
鳥羽は事件のいきさつを話し始めた。