殺人計画
恵太郎……中学生ながら天才的な推理力を持つ。
ヒトミ……大学生。恵太郎の姉。
鳥羽……新米刑事。ヒトミとは恋人同士。
服部……警部。鳥羽の直属の上司。
柴崎……老教授。密室でナゾの死をとげる。
大平……助教授。柴崎教授の助手。
食堂の店主……朝日食堂の主人。
野仲……助教授。大平と同僚。
この日も、鳥羽はヒトミのもとを訪れていた。もちろん恵太郎の知恵を借りるためである。
「捜査ができるの、あと一日だけなんだ。もう少し時間があればな」
鳥羽がうらめしそうにぼやく。
「明日いっぱいだね。でも、それだけあれば十分だと思うよ」
恵太郎はおなじみのポーズをしていた。
「無理だよ。密室トリックのことだって、オレにはわかってないしな」
「だいじょうぶだって。動機がわかったんで、ボクの推理、完璧になったんだもの」
「恵太郎、あなたが完璧になってどうするのよ。鳥羽ちゃんには時間がないんだからね。いいかげん教えてあげたら?」
「そうだね」
恵太郎がいつものポーズをくずし、コタツ台からゆっくり顔を上げる。
「あのね、教授は以前から……」
教授は以前から、息子家族と暮らすことを切望していた。研究室で息子と同年代の者たちといると、どうしてもグチをこぼしてしまうのだった。
そんなとき――。
「教授、いい方法がありますよ」
大平が声をかけてくる。
「なんだね、それは?」
教授はワラにもすがる思いだった。
「ようは教授が、息子さんを心配させてやればいいんですよ」
「どうやって?」
「病院に入院するんです。ちょっとした心臓発作を起こしましてね」
「だがな、軽い発作なんて、そんなにつごう良くやってくるものじゃないんだ」
「ですから、そこは芝居でいいんですよ。入院すればさすがに心配して、息子さんも考え直してくれるのでは?」
「いや、ダメだ。心電図は正直なんだよ。仮病じゃすぐに、入院先の病院でバレてしまう。それに、そのことが息子に知れてみろ。いよいよ同居がむずかしくなるんでな」
教授は首を力なく振った。
「それであればご心配なく。その関係の病院で院長をしている者が、私の親しい友人におりましてね。彼に事情を話せば、ニセの診断書を作ってくれますので」
「そんなことが……」
「まあ、無理にはすすめませんが」
「少し考えさせてくれんか」
そのときすでに、教授の気持ちは大平の思惑へと傾きつつあったのだ。
それから数日後。
教授は大平を自分の部屋に呼び入れた。
「あの話、君に頼むことにしたよ。それでだが、病院の方はだいじょうぶなんだろうね。別の病院に運ばれてしまうなんてことは……」
「私が現場に行き合わせるようにします。教授と一緒に救急車に乗って、友人の病院に行くよう必ず指示しますので」
「そうか、それなら……」
教授は大平の計画にうまくのせられた。
実行の場所や日時など、大平が計画の具体的な説明を始める。
「教授が倒れているところを第三者に見つけてもらうんですが、これをだれにするかが……」
「なら、朝日食堂のオヤジがいい。いつも出前を頼んでるんで、電話一本で自転車ですぐに来る。それに時間も、こちらの都合で決められるんでな」
自分の殺人計画をどこのだれが立てるだろう。
このとき――。
そんなバカな計画を、教授は自ら立てていたのだった。まるで、自分の手で自分の胸に、ナイフを突き立てるようにである。
それで大平にはなんの疑いも……。
「それで大平には、なんの疑いもかからなかったってわけ。ねっ、これでわかったでしょ」
恵太郎は二人に詳しく、自分の推理を話して聞かせた。
「わからないわよ。だって密室トリック、まだ話してないじゃないの」
ヒトミが口をとがらせる。
「オレ、わかったよ。大平の計画は、教授が手を貸したから成立したんだ」
鳥羽は自信ありげに話を続けた。
「店主がいなくなるとすぐに、大平は外から教授の名前を呼んだんだ。これは教授にとって、たぶん計画になかったことだと思うよ。予定外のことが起きたのかと思って、それで中から鍵を開けたんだ」
「じゃあ、そのとき教授は生きてたのね」
「そう、まだ生きてたんだ。そうすりゃ、大平が中に入って教授を殺すことができるだろ」
「でも出たあと、どうやって密室にしたの? 二人が部屋に入ったとき、ガラス戸には内鍵がかかってたんでしょ。だからガラスを割って」
「ほら、前に話しただろ。大平は部屋に入る直前、ガラスで指を切ったこと。それって、ハンカチについた教授の血を自分の血でごまかすためだって」
「ええ、覚えてるわ。でも、それが?」
ヒトミがこまった顔をする。
鍵とハンカチの関係がまるでわからないのだ。
「ハンカチは、それ以外にも利用したんだ。入ったあと、鍵をかけるのに指紋がつかないようにね」
「鍵をかけるってどういうこと? 入る前から、リビングには鍵はかかってたのよ」
「オレもずっとそう思ってた。だからいつまでもわからなかったんだ。でもガラスを割ったとき、もしガラス戸の鍵が開いてたとしたらどう?」
「それじゃあ大平は、鍵のかかってない戸のガラスを割ったってこと?」
「そうなんだ。あのとき店主も、わずか数分前に鍵のかかっているのを見ていたしね。それに、ひどくあわてていただろうから……。入った直後に、大平がそっと鍵をかけたんだよ」
「三分間だけ密室じゃなかったのね」
ヒトミがうなずく。
「オレの推理、どうだった?」
鳥羽は自信ありげに恵太郎に顔を向けた。
「完璧だよ、鳥羽ちゃん。トリックといったって、たったそれだけのことなんだよね」
「ねえ、恵太郎。あなたそう言うけど、いつからわかってたのよ?」
「鳥羽ちゃんの話を聞いて、すぐにピンときた。この密室は、加害者と被害者が協力しなきゃ、ぜったいできっこないって。すると犯人は、大平って人しかいないでしょ。でも教授が、大平に協力する理由がわからなかったんだ」
「だけど恵太郎君。トリックがわかっただけじゃダメなんだ。証拠がなきゃ、大平の逮捕状はとれないんだよ」
鳥羽がはがゆそうに言う。
「だいじょうぶ、証拠はないけどね」
「証拠がなくて、いったいどうやって?」
「動機がわかったんだ。だからね、これから証拠を作ればいいんだ」
「これから証拠を?」
「そうだよ」
「そんな時間なんてないよ」
「あきらめるのは早いって」
「そう言われてもなあ」
「ボクは現場に行けないけど、ここで大平を逮捕する計画は立てられる。だけどボクが……」
恵太郎はそこで口をつぐんだ。
しかしまだ、なにかしゃべりたそうである。
「もしかしたら、もうできてんじゃないだろうね、その計画。恵太郎君のことだから」
「うん、できてるよ。でもボクが、それをしゃべっていいの?」
「ああ、もちろんさ」
鳥羽は大きくうなずいたのだった。




