アリバイ作り
恵太郎……中学生ながら天才的な推理力を持つ。
ヒトミ……大学生。恵太郎の姉。
鳥羽……新米刑事。ヒトミとは恋人同士。
服部……警部。鳥羽の直属の上司。
柴崎……老教授。密室でナゾの死をとげる。
大平……助教授。柴崎教授の助手。
食堂の店主……朝日食堂の主人。
「ねっ、いい子だから教えてあげてよ。あたしの分のケーキ、あとであげるから」
ヒトミは甘い誘惑をエサにして、今度は恵太郎の最大の弱みにつけこんだ。
「ほんと?」
恵太郎が顔を上げる。
ケーキという言葉に、あっけなく陥落してしまったのだ。
「あのね。ようはどうして、ウソの証言をしたかってことなの。それは窓ガラスを割るほかに、靴をぬぐ必要があったからなんだ。それさえわかれば、あとはほんとに簡単だよ」
「まわりくどい言い方しないで、もっとわかりやすく話しなさいよ。あなたには簡単でも、鳥羽ちゃんにはむずかしいんだから。ねっ、鳥羽ちゃん」
ヒトミが鳥羽の顔を見やる。
鳥羽はなんともこまった顔をした。
答えを教えてもらえば、刑事のプライドを捨てることになる。それでも密室トリックは解きたい。
で、結局のところ。
鳥羽は刑事としてのプライドよりも、トリックのナゾ解きの方を選択したのだった。
「そうしてくれると、オレとしてもありがたいんだけどな」
「じゃあ、わかりやすく話すね。大平が靴をぬいだのは、部屋の中に靴跡が残るからなの」
「いよいよわかんないなあ。だって教授、大平が入る前に死んでたんだよ」
「そうよ。それに鍵のかかった部屋には入れないんだから、大平にはアリバイがあるわ」
ヒトミも追うように言う。
「それって錯覚で、大平によって作られたんだよ。店主が現場を離れている間、自分はずっと庭にいたというアリバイをね」
「ねえ、どういうこと?」
ヒトミもナゾ解きにはまったのか、編物はそっちのけでベッドの上にほうり出している。
「窓ガラスを割るところを、大平はわざわざ店主に見せようとしたんだ。そうすることで、自分のアリバイが成立するからね。でもあのとき、ひとつだけ計算外のことが起きてしまって」
「計算外って?」
「自転車のブレーキの音」
「そう、そうだったよ。今日、店主に自転車に乗ってもらい、ブレーキの音を聞かせてもらったんだ。もちろんなにもわからなかったけどね」
鳥羽は情けない顔で笑った。
「ねえ、いったいなんなのよ。そのブレーキの音って?」
昨日、恵太郎が四つのヒントを出したとき、ヒトミは夕食の手伝いをしていた。それでブレーキ音のことは、今はじめて耳にしたのだ。
「ヒントのひとつなんだ」
「ヒントって?」
「じつは昨日、恵太郎君がナゾ解きのヒントを四つくれたんだ。あとはハンカチ、靴、それに大平の車なんだけど」
すでに解いているハンカチについて教えてから、鳥羽は先ほどのブレーキ音に話をもどした。
「とにかくすごい音だった。耳をつんざくって、まさにあれだよな」
「ボクはね、朝日食堂の自転車もそうじゃないかと思ったんだ。ほら、あのとき門柱にぶつかりそうになったって」
「でも、それがどうしてヒントに?」
「音によっては、そこにだれがいるかわかるんだ。大平はブレーキ音を聞いて、店主が帰ってきたのがわかったんだよ」
「それで?」
ヒトミが先を急がせる。
「大平はね。店主が帰るのを待って、次の行動を起こすことにしてたんだ。でも店主の帰りが予想外に早くて、そのときすごくあせったと思うよ。ねっ、これでわかったでしょ」
「ちっともわかんないわよ。ねえ、鳥羽ちゃんはわかった?」
「ああ、なんとなくね。なんだかオレにも、密室のナゾが解けそうな気がしてきたよ」
鳥羽にやる気が出てきたようだ。
「わたし、コーヒーいれるわ。その間に、ゆっくり考えててね」
ヒトミが立ち上がる。
「おねえちゃん、約束のケーキもね」
「なによ、わかってるわよ」
「痛っ!」
恵太郎が頭を押さえた。ケーキの前に、姉からゲンコツを派手にもらってしまったのだ。
鳥羽が考えに沈んでいる間に……。
コーヒーカップとショートケーキが二個、ヒトミによってコタツ台の上に並べられた。
「これ、わたしのだったのに」
ヒトミがイヤミたらしく言う。
「ヒトミさん、ボクの分を食べたらいいよ」
鳥羽が自分のケーキをヒトミの前に押しやった。
「じゃあ、半分っこにしましょ」
ヒトミもゲンキンなものである。
「大平が部屋に入れたとしたら、靴とブレーキ音のことがわかるんだけど」
「話してみて、入ることができたとして」
恵太郎はさっそくケーキをつついている。
「それでいいならね」
コーヒーを一口飲んでから、鳥羽はゆっくりしゃべり始めた。
「あのとき、もし大平に計算外のことが起きたとしたら……。そしてそれが、ブレーキ音と関係しているんだとしたら……」
鳥羽の頭の中は――。
事件のあったあの日の、あの時間にタイムスリップし、殺人現場にワープしていったのだった。




