アカとクロ
白い雪の中で、白い雪の塊が近づいてくる。
辺りはしんと静まり返り、息の音ひとつ聞こえない。見渡せば、その場は白一色。
雪以外、何も見えない。
その中で彼は目を凝らした。近づいてくる雪の塊も、その雪の色を照り返すかのような白い空も、ただ彼を見下ろしている。
ここは、何もない。
雪以外は。空以外は。
ふと、彼は目を凝らした。
白い空間に、違う色が見える。白い空間に、違う存在がたたずんでいる。近づいてくる雪の塊の反対で、その者は、じっと彼を見つめている。
彼も見つめた。
赤い衣。その者は、赤い衣に包まれている。赤い衣に包まれて、じっと彼を見つめている。
赤い衣が言った。
「貴方も独りなの」
あっさりとした甘い薫りの、透き通るような声だった。
「独りなの」
彼は頷いた。しかし暫し考え、首を横に振った。
「貴女がいる」
彼は言った。
「だから、独りじゃない」
赤い衣はじっと彼を見つめた。じっと、じっと、彼を見つめた。やがて、その場が再び沈黙に包まれた時、赤い衣がくすりと笑った。そして、手を差し出し、口を開いた。
「おいでなさい」
赤い衣が怪しく目を細める。
「ようこそ、黒の方」
白い雪が降り積もる。その白い世界の中で、彼は赤い衣を見つめた。闇色のその瞳に、赤い衣を映していた。
寒さが体を芯から冷やす。その白い空間を、赤い存在と、黒い存在とが、並んで歩いていた。
真っ白な世界の中を。
真っ白な孤独の中を。
方向さえも分からない、その世界の中を。
赤と黒は歩いていく。
赤に導かれて、黒は歩いていく。
右も左も、白。前も後ろも、白。上も下も、白。
何処までが歩けるのか、何処までが歩けないのか、黒には分からない。
ただ、赤を信じるしかなかった。ただ、ついていくしかなかった。孤独から逃れるためにも。迫ってくる白から逃れるためにも。
黒は進み続けた。
赤に続いて、赤に並んで。
白の中を彷徨い続けた。
時間も忘れ、疲れも忘れ、ただ進むことだけを考えて、二人は歩き続けた。
どんな寒さも、どんな孤独も、忘れていき、二人は歩き続けた。白い世界の中を、音のないその中を。
何処まで歩いても、目に映るものは同じだった。
何処まで歩いても、二人を待っているものは白だけだった。
しかし、ふと、赤が立ち止まった。
「そっち」
赤が示す方向。その先。
黒は目を見開いた。
その先に広がっていたもの。それは――。