鬼と約束したお話
昔々のおはなしです。
入ってはいけないと言われている山がありました。
いわく、あの山に入ると迷って出てこれない。
いわく、あの山には鬼がいる。
迷い込んだ者は、鬼に見つからず遭難するか、鬼に見つかって食われるか。
そう、言われておりました。
そんな山の中に、一人、小さな子供が迷い込んでいます。
遊んでいたところに小さな羽虫が飛んできて、それを追いかけているうちに山に入り込んでしまったのです。
いつしか羽虫もどこかへ行ってしまい、あたりを見回すと知らない場所でした。
はじめのうちは帰り道もわからないまま、ゆっくりと歩いていました。
しかしだんだんと怖くなってきたのか、徐々に歩みは止まりそうになっています。
そして立ち止まった後、不安な気持ちでいっぱいになって、無我夢中になって走り出しました。
帰りたい、でも帰り道もわからない。
ただ怖くて、止まっていたら不安で押しつぶされそうだから、走ったのです。
走って、走って。
足に何かが当たったと思ったらすぐに地面にぶつかっていました。
振り向くと木の根が盛り上がっていて、そこにつまづいたのです。
立ち上がろうとしましたが、足が疲れていて、うまく立ち上がれません。
見える景色も全く知らない場所で、どうすれば帰れるのかもわかりません。
不安でいっぱいになって、子供は泣き出してしまいました。
パチパチと音が聞こえます。
寝てしまっていたのか、頭が少しぼーっとします。
「お、起きたんか」
声が聞こえます。そっちを見ると、大きな男の人が囲炉裏の前に座っていました。
「童ぃ、あんなとこで何しちょったんじゃ?」
わらし?ってなんだろう、わたし、の言い違いかな、と思っていたら。
「ん?童、いうのは子供の事を言うんじゃ。まあ、お前ぇのことじゃな」
と教えてくれました。
迷って、不安でいっぱいになって走って、でもやっぱり帰り道がわからなくて。
それを話しているうちに、また泣きそうになってしまいます。
「ったく、無茶しよって。このあたりの山は迷いやすいんじゃから気をつけぇ」
まあ、気を付けていても迷うときは迷うんじゃがな、と付け加えて男は何かを飲みました。
飲み切った後、変な形の入れ物から飲み物を注いではまた飲んでいます。
「これが気になるか?」
子供はコクコクと頷きました。
男が手にもって振って見せます。
「これは、一気に飲み切らん限り、いくらでも酒が飲める魔法のひょうたんよ。
童にゃまだ早い。勝手に飲もうとするなよ?」
周りを見れば、どうやら部屋の中のようです。
「ほれほれ、まだ疲れとるんじゃろ、もうしばらく寝とれぃ」
男の言う通り、だんだんと瞼が重くなっています。
「起きたらふもとまで連れてってやるから」
眠る前に、男の頭の上に角が見えましたが、そのまま寝入ってしまいました。
次に起きると、囲炉裏の火は消えていて、男の姿も見えません。
外へ出てみると、男が花壇の前でしゃがみ込んでいました。
その頭には眠る前に見た角がそのままにあります。
「おぉ、起きたか」
男が立ち上がって子供の方を向きました。
「よぉ寝たか?」
子供が頭の上を見ているのに気が付いて、男が言います。
「なんじゃ、気づいとらんかったんか?ワシは人じゃない。鬼じゃ」
鬼、と子供がつぶやきました。
「そう、鬼じゃ。んでの、ふもとまで連れて行ってやるが、1つ約束じゃ。
ここにワシが、鬼がおるなどと誰にも言うんじゃないぞ?
もし童が約束をやぶったんなら、」
がーっと口を開けて男が続けます。
「頭から食っちまうからな?」
子供は慌ててコクコクコクと頷きました。
「んむ。それじゃ送ってってやる、がちょっとまて。
送ったついでにワシもしばらくここを離れるからの。
その前に花の世話をしてやらんと」
子供は改めて花壇を見ました。
あまり大きくありませんが、きれいな花が植えられています。
「仕事柄、殺風景な場所ばっかおるからの…。
帰ってきて、花を見てると和むんじゃ」
男は大きな体ですが、器用に花壇の手入れを始めました。
「ただ、出かける期間がまちまちでの、なかなかこいつらの世話をしてやれん。
酒のひょうたんみたいに、なんかあればいいんじゃが、無いものねだりもできんしのぉ」
それを見て子供も男の手伝いをすると言いました。
「童も手伝ってくれるか。ならここのをな…」
花壇の世話も終わり、男と子供は山の中を進んでいました。
「童ぃ、今回はワシが見つけたから良いものの、ワシはおらん時の方が多い。
じゃから、なるべくこの山には立ち入らんようにせぇ」
男は続けます。
「ワシの家も、ワシがおらん時はただの崖にしか見えんし、入れん。
まあ、花壇は家の外じゃからそのままなんじゃが。
童ぃ、わかったか?」
子供は頷きませんでした。
「童?」
子供は考えていました。
迷子になっていたところを助けてくれて。
帰れるよう、送ってくれて。
何か、この鬼さんに、できることはないかと。
「童ぃ、どうした?」
男は心配して声をかけます。
子供は花壇の事を思いついて、言いました。
「なに?お前ぇが花壇の世話しに来る?
童ぃ、お前ワシの話聞いとったか?なるべく山に立ち入るなと言うたじゃろうが」
男はあきれてしまいましたが、子供の真剣な様子を見て考えだしました。
「はぁ、その様子じゃいかん、言うても来そうじゃな」
男は懐を探ると小さな石を取り出して子供に渡しました。
「これ持っとけ。その石を持っとけばワシの家とふもとまでとで迷うことはないじゃろ」
茶色と黒とで出来た、人形の瞳のような小石を子供はじっと見ていました。
「いうて迷子になるくらいじゃしなあ…そのままじゃ無くすか?」
男は心配そうにつぶやくとそれを聞いた子供も心配になってしまいました。
「ほれ、これに入れておけ」
男はそういうと子供から石を取り上げ、小さな布で出来た袋の中に入れました。
「きんちゃく、言うてな。袋じゃ。これで少しはましじゃろう」
子供は喜んで巾着を受け取りました。
喜んだ勢いでしょうか。子供は男に言いました。
毎日じゃないけど、今年中、いや、来年も、いいや、ずっとずっと、花壇の世話をし続ける、と。
それを聞いた男は目をまあるくして、それから大笑いしはじめました。
「あっはっは!」
子供は、なんだよう、と思い男をみます。
「いやさ、今年はさておき来年も、その先もずっとなんて、
なんとも誰にもわからんのにまあ、よう言い切ったもんじゃ!あっはっは!」
男は笑い、子供は笑われてちょっとふてくされて、ふもとに向かって進んでいきました。
男と子供がふもとにたどり着いて。
子供が親から心配されつつもとっても怒られた日から幾年も立ちました。
山は変わらず入ってはいけない山と呼ばれ、人が立ち入らない山でした。
けれど、そこにちいさな子供が入っていきます。
その子供は、その日初めて山に入ったのです。
恐る恐るゆっくりと歩いていきました。
手に何かをぎゅっと握りしめて。
子供は、どれくらい歩いたのかもわからないまま歩き続けて、ふと開けた場所に出ました。
大きな崖とその前にある花壇が見えますが、その花壇はずいぶん荒れています。
花壇の目の前に立ち、よし、と気合をいれると子供は花壇の手入れを始めました。
夕日がくれるころに花壇の手入れも終わり、ちょっと疲れたので子供は地面に横になりました。
帰らないといけないけど、ちょっとだけ休憩。そんなつもりで横になったのです。
パチパチと音が聞こえます。
寝てしまっていたのか、頭が少しぼーっとします。
「お、起きたんか」
声が聞こえます。そっちを見ると、大きな男の人が囲炉裏の前に座っていました。
「童ぃ、あんなとこで何しちょったんじゃ?」
わらし?ってなんだろう、わたし、の言い違いかな、と思っていたら。
「ん?童、いうのは子供の事を言うんじゃ。まあ、お前ぇのことじゃな」
ん?前も同じこと言うたような、と首を傾げつつ教えてくれました。
花壇を手入れしていたと子供がいうと、男は不思議そうに首をかしげて言いました。
「長いこと帰っておらんかったから花壇が荒れとんのは知っとるが、
なんでわざわざ花壇を手入れしに来たんじゃ?
ちゅうか、よう迷いもせずこれたのう」
子供は男の疑問には答えず、これからもずっと花壇の手入れをしに来ると男に言いました。
「それじゃ。昔その約束を口にしたもんがおっての、同じように花壇の手入れをしてくれとった」
男は寂しそうに続けました。
「それが、今はどうじゃ。花壇も荒れておったじゃろう」
子供は懐から何かを取りだして、男に見せました。
巾着と、その中にある石を取り出して。
男は驚きました。
「んな!?なんでこれを童が持っとる?」
子供は静かに男に言いました。
子供は、昔約束をした者の孫だと。
そして約束をした者は長いこと寝たきりになってしまったと。
いつか元気になって花壇の世話をしに行くと言っていたが、先日、亡くなってしまったと。
亡くなる前に、誰にも言わなかった約束の話と巾着を受け取ったから、子供はここに来たんだと。
そう告げた子供の目には涙が浮かんでいました。
それを聞いた男は、
「そうか。童よぉ、お前ぇ、約束守ってくれたんじゃなぁ」
とここにいない誰かに呟いて。
瞼を閉じると涙が静かに落ちていきました。
夜も遅いので子供を寝かせ、男は囲炉裏の前で一人つぶやきました。
「童よぉ、ワシもお前に報いんとなあ」
朝になって子供を見送った後、男はどこかに出かけていきました。
子供が親から心配されつつもとっても怒られている頃、男はある場所にたどり着きます。
そこは殺風景な場所でした。
男は迷うことなく歩いていきます。
そして一人の老人の前で立ち止まりました。
老人は男を不思議そうな顔で見ています。
男は老人に言いました。
「約束、守ってくれとったんじゃな、童よぉ」
老人はそれを聞いて目を見開いて、一瞬光ったかと思うと、そこには老人ではなく子供が立っていました。
「よぉ頑張ってくれとったんじゃなぁ、ありがとうなあ」
男も子供も涙を浮かべたままで、男は子供を抱きしめて、そう伝えました。
「約束を守ったお前に、ワシからも何かさせてくれ」
男がそういうと、子供は慌ててそんなつもりでしたんじゃないと言いました。
「まあ、そういうな。ここは広い。迷わんように案内くらいさせとくれ」
男と子供は仲良く進んでいきます。
この殺風景な場所を、どこまでも。
昔々のおはなしです。
入ってはいけないと言われている山がありました。
いわく、あの山に入ると迷って出てこれない。
いわく、あの山には鬼がいる。
迷い込んだ者は、鬼に見つからず遭難するか、鬼に見つかって食われるか。
そう、言われておりました。
だから、誰も知りません。
鬼の住処の前にあるきれいな花壇の事を。
花壇の世話をする、一人を除いて。
この「鬼と約束したお話」はサークル「ちーむ_しぷすくろっく」にshipu名義で出したお話CD「うちのNightcap Vol.4」(C93で出しました)の2トラックの内容とほぼ同内容となっております。
(文章としては未発表のため、こちらで文章の発表を行わせていただきました)




