第3話 後輩がここにいます
目が覚める。
窓から差し込む陽の光を感じて、今が朝だと認識させられる。
それを眩しく感じながら、ゆっくりと目を開ける。
目を…………。
むにぃ――
右腕の方に、何やら違和感を感じる。
柔らかい何かに纏わり付かれているような……。
え、なにこれ……。うちにペットはいないし……。
俺は恐る恐るその何かを見る。
……何かが俺の右腕に抱きつきながらすやすやと吐息をたてて寝ている。
――ん、なんだこれ??
……いったん状況を整理しよう。
ここが自分の部屋だというのはわかる。
昨日の記憶からも、夕飯を食べて、少しゲームをした後に眠くなって普通に自分の部屋のベットで寝たことも覚えている。
そう、ごく普通の。いつも通りであるはずの平日の朝だ。
じゃあなぜ、
なぜ、立夏がここにいる……?
朝チュンか……?いわゆる朝チュンをしてしまったのか、何かの間違いで?
待てよ……。
現実的に考えても、俺の横で立夏が寝ているなんてこと、あり得るはずがない。そもそも俺昨日立夏と寝た記憶無いわけだし。
と、いうことは……。これ、夢なのでは?
なるほど……。最近、立夏にからかわれすぎて、ついに夢にまで出てくるようになってしまったか。
いよいよこれは末期かもしれない。
と、思いつつ空いている左手で頬をつねったが普通に痛い。
……マジかよ。これ現実なのか。
――ますます状況が掴めないんだけど!?
とりあえず、起きるか。起きてから考えよう。
体を起こそうとするが、あることに気が付く。
右腕が、右腕が動かせない……!
忘れていたが、俺の右腕は立夏の双丘の谷間に挟みこむような形で……。しかも、おもいきり右腕を抱き枕のごとく、立夏は強く抱きしめている。
これだけなら、無理やりほどけそうなものだが、なぜかビクともしない!
部室の時も思ったけど、立夏さん力強すぎじゃありませんか?
しかも、動かせば動かすほど、その柔らかさを感じてしまい、理性が崩れそうに……!!
部室で抑え込まれた時は、あくまで身体に押し付けられただけだったから、あんまり直に感触伝わってこなかったけど、今回は前よりもダイレクトに触感が伝わってくる!
これたぶん場所も問題だ。前回は部室。慣れ親しんでいる場所とはいえ一応学校の中だ。
だが今回は自分の部屋。家族と一緒に住んでるとはいえ、ほぼ完全なプライベート空間。
その……抑止力が利かなくなっている気がする……!!
「立夏……!いい加減抱き着くの辞めろって……!!」
自分じゃ逃げることができないと悟った俺は、立夏に交渉することにした。
が、反応がない。
こいつ……寝たふりをして、俺の反応を楽しんでいるんだろ……!絶対!
「立夏?起きないとほら、不法侵入で警察呼ぶぞ。」
そういうが、立夏は起きようとしない。それどころか――、
「むにゃ……先輩。わ……わたしの大きなメロン……た……食べちゃダメですよぉ……。」
いや、どんな夢だよ!?
夢の中の俺は立夏に何してるの!?
てか普段の口調と違いすぎないか!?
「あっ……そ、そこは……ダメです……。け……けど……先輩が……どうしてもっていうならぁ……。」
この子、本当に寝言で何言ってるの!?
ていうか、このままだと俺の理性が持ちそうもないし、早いうちに立夏を退かして逃げなくては!
「立夏、いい加減に――!」
俺は無理やりにでも立夏をはがそうとした。
が、それがいけなかったのかもしれない。
むにゅ――
え、このとてつもなく柔らかい感触は――。
その感触がする方を見ると俺の左手が思い切り立夏の胸を鷲掴みにしてた。
「ん……ふわぁぁ。ついうっかり寝て――えっ?」
その瞬間、目を覚ました立夏と目が合う。
うっかり寝てって……まさか本当に寝てたのか……?
そして、そのまま立夏は、その視線を俺が思い切り揉んでいる自分の胸に移す。
「――っ!?」
少しの驚きの後、顔を真っ赤にした立夏が俺を睨む。
「いや!!これはその……!!違くて!!」
「……まさか先輩が、女の子が寝ているときに襲うような最低で下劣で卑屈で変態な人だとは思いませんでした。」
「ご……ごめん!」
俺は全身から、嫌な汗が出るのを感じた。
ど、どうやってこの状況を説明すべきなんだ!?
何を言っても無駄な気がするけど!
「と、いいますか先輩。いつまで私の胸を揉んでいるおつもりですか?」
「えっ……あっ……!」
俺は急いで揉んだままだった立夏の胸から手を放そうとする。
が、その手を立夏に掴まれた。
「えっ!?」
また、前の時のように痛い目にあわされると思ったが、立夏はそのまま俺の手を放そうともしない。
そのせいで俺の左手は、立夏の胸にまだ触れたままだ。
「り……立夏?これはいったいどういう?」
「……そ、その。 ……先輩が私のことを好きになってくだされば、こんな風にご自由に私の体に触れてくださって構わないのですよ?」
そう言って、さらに立夏は俺の手をさらに自分の胸に押し付ける。
そのせいで、先ほどよりも、その柔らかさを強く感じてしまう。
「……って、っちょ!?立夏!?」
「ほら、先輩。私の……とても柔らかいでしょう……?」
いつもであれば、すぐさま拒絶して逃げたであろう。
だが、今の状況でそれができるほど、俺の理性は強くはなかった。
「あぁ……うん。」
気の抜けたような返事をして、俺はその手を払えずにいた。
そしてトドメと言わんばかりに、立夏が耳元で囁いた。
――いいんですよ先輩。私が全部、先輩のを受け止めてあげますから。
それは、ただでさえ崩れかかっている俺の理性を壊すには十分すぎた。
俺はその言葉を受け入れるように立夏を――――。
ガチャ――
「立夏ちゃん?あのバカ起こせた?」
声のする方を見ると俺の母さんがいる。
ハッ……!
俺は正気に戻ると同時に、瞬間的に今の状況を整理する。
俺は、ほぼ立夏に覆いかぶさる形で、かつ立夏の胸を鷲掴みにして揉んでいる。
その揉まれている張本人も嫌そうにしているわけでもなく、むしろ顔を赤らめて受け入れていると思われてもおかしくない。
あれ、これ状況証拠が揃ってしまっているのでは?
母さんはそんな俺たちを見て、いかにも「あらあらまあまあ」と怪しげな笑顔を浮かべる。
「あら~、ごめんなさい!お邪魔だったかしら」
「これは……その……」
俺は何かこの状況を説明すべく口を開くが、全く言葉が出てこない。
そうしている間にも母さんは逃げるように、
「それじゃ、ごゆっくり……。」
と言って、わざとらしく丁寧に部屋の扉を閉めた。
俺と立夏は顔を見合わせ、見つめ合う。
「いや!ちょ、まって!母さん!違う誤解だから!」
「孫の顔を見れる日はそう遠くはないわね~!」
「母さん!!!!」
☆☆
「で?なんで立夏が平然と俺の家に入っているわけ?母さん。」
リビングに来た俺は、朝ごはんのシャケを食べながら母さんに質問をする。
「なんでってそりゃ、こんな可愛い子が、あんたのお嫁に来てくれたら嬉しいからよ。」
「そんな!とっても可愛くて先輩にお似合いだなんて、お母さまったら!」
なんでこの二人は、いつの間にか仲良くなってるんだ!?
っていうかお似合いとまで入ってなかっただろ!そもそも、なんで平然と一緒に朝ごはん食べてるの立夏さん!?
「つーか、さっきのは誤解だから。別に俺と立夏の間には何の関係もないからな!」
「駄目よ隼!やったことの責任はちゃんと取らなきゃ!」
「そうですよ先輩。いくら何でも酷すぎます。」
なんで俺が悪者みたいになってるの!?
て……ていうか、俺は何もやってないから。いや、胸は揉んだけど……。その先は未遂だから!
なんて、悶々としていると、朝ごはんを食べ終えたらしい立夏が立ち上がる。
「じゃあ先輩。行きますよ。」
「え、ちょっとまってまだ俺食べてる途中――」
「いいから早く!」
「ちょ、まっ……!」
無理やり靴を履かされ外に出させられる。
「それじゃあお母さま、朝ごはんごちそうさまでした。先輩をお借りしますね。」
「はいはーい。好きに使ってやって!毎日食べに来てくれてもいいからね!」
「はい、ありがとうございます!」
てか、お母さまって。それを受け入れている母さんも母さんだけど!
まさか、これから毎日こうなるんじゃないだろうな!?
「あ、待って隼。ちょっと耳貸しなさい!」
母さんが何やら真剣な顔で俺のことを呼び戻す。
「何?母さん?」
「……分かってるとは思うけど、高校生のうちはちゃんとゴム、使うのよ!」
「ゴムって……、ちょっ!母さん!だから――!」
「はいはい、わかったわかった。じゃあ息子の事よろしくね?立夏ちゃん。」
そう言って母さんは俺の背中を押す。
バランスを崩しかけた俺を立夏が受け止める。
「お任せください。じゃあ行きますよ先輩。」
「待って!襟引っ張んないで、首!首が締まるから!」
「気を付けて行ってらっしゃいね~。」
「なんで朝からこうなるんだっーー!!」
俺の悲痛な叫びは何処にも届かず。俺は無理やり立夏に、引っ張られていくのだった……。
☆☆
学校までの道を歩きながら俺は立夏に質問する。
「何で今日は俺の部屋に?」
「お母さまが『隼なら上で寝てるから起こしてあげて』というものですから。」
母さんめ!とんでもないことしてくれたな!
「で、なんで起こしに来たはずの立夏が俺のベットで寝てた――」
「寝てませんから。」
「いや、だって、ついうっかり寝てとか言ってた――」
「言ってませんから。」
「えぇ……。」
自分が寝てたとは頑固として認めないらしい。
「そういえば、お前、あの寝言なんだったんだよ。私のメロンがどうとか。」
「ね、寝言!?」
寝言について言うと、立夏は少し驚いたように見えた。
「……そういえば、先輩と寝ているときに、先輩にとても美味しそうなメロンを盗まれ目の前で食べられてしまう夢を見ましたが、それがどうかしました?」
が、やはりそうでもなかったらしい。
「いや、それにしても、やけに変な寝言――」
「まさかですけど、先輩。メロンのことを私の胸だと勘違いされたんじゃないでしょうね?」
「い……いやいやいやまさかそんな訳!?」
「本当……先輩は想像力豊かなお猿さんですね。」
「いや、猿ってお前……。」
というか、普通に寝ててあんな寝言を言ってるんだとしたら、立夏の方がだいぶやばくないか。
と、言いそうになったが、痛い目に合いそうだと思ったのでその言葉は抑えた。
「そういえば先輩。お気付きでしたか?」
「え、何に?」
立夏は振り返り、悪戯っぽくこちらに微笑む。
「私、実はあの時着けてなかったんですよ。」
「着けてなかった?」
「全くあれだけ触れておいて、……気が付かなかったんですか?」
「な、何のこと?」
立夏は、俺に顔を寄せて耳元で囁く。
「ブ・ラ・ジャーです。」
ぶ……ブラジャー!?
え、という事はつまり……?
「今夏服ですしね~。ふふっ……柔らかかったですか?」
「柔らかかったかって、えっと、その……」
俺の鼓動が鳴りやまなくなっている。
「り……立夏?ていうか、まさか今も――!?」
「あ、因みに、先ほど先輩の家のトイレで着けさせていただいたので、ご安心を。」
無駄な心配をした俺を他所に、立夏はまた耳元で囁いた。
「それじゃ告白お待ちしておりますね?せ・ん・ぱ・い。」
そう言って、真っ赤になった俺の顔を見ているであろう彼女は、とても満足そうな笑顔を浮かべいた。