第2話 後輩が宣言してきました
次の日の朝――。
大きなあくびをしながら、学校までの道を歩く。
あの後……、帰る時も、夕飯の時も、ベットに入ってからもボーッと考え事をしてしまい、結局寝るのが遅くなってしまった。
それもこれも全部……。
――――まさか立夏が俺のことを好きだとは……。
結局、昨日は立夏がなんで俺に告白してきたのか理由を聞く余裕が無かったし、まあ……そもそもあの告白が本気だったのかどうかすら怪しい。
いつものあいつの態度を考えれば、昨日の告白だって嘘だってことはわかりきっているんだけど。
……だけど、昨日の――。
あの告白を自分の中で、いつまでも嘘だと断定できないのは、立夏のあの時の目が何となくだけど、嘘をついている人の目じゃなかった。
嘘をつく人がこんなにも真っすぐ、人の目を見れるんだろうかと。
まあ……それが演技の可能性も捨てきれないから無駄に悩んでいるんだけども。
あー!!ていうか!!なんでこんなに立夏の事で悩まなきゃいけないんだよ!!
いくら苦手な奴でも、好きだと言われたら意識してしまうっつの!!
いや、これは相手が立夏だからか……?
いやいやいや!それはないな!
いやこれ……俺が、ただ単に単純なだけなのかも……。
今日の放課後はとりあえず、部室に行ってみよう……。
しばらく歩いていると、昨日、俺たちを見て逃げて行ってしまった怜が歩いているのが見えた。
あ……、そういえばすっかり忘れてたけど昨日の事、まだ誤解だって言ってなかった……。
玲がクラスで言いふらして、学校中に立夏との変な噂が立つ前に説得しておかないと!
……たぶん、あいつも困るだろうし。
俺は急いで玲に追いついた。
「おはよう!昨日の事なんだけどさ、あれは勘違い――――」
「ひぃいいいいいい!?」
「――え?」
俺の顔を見た瞬間、玲はまるで幽霊でも見たかのように青ざめて悲鳴を上げる。
「ど、どうした玲?え、今の俺の顔そんなに怖いの?」
と、聞いたが、玲は聞く耳を持たず、ただただガクガクと震えている。
「玲?お前汗がすごいぞ。どうし――」
「昨日の事は!!何も見てないし誰にもいわない!!それじゃ!!」
と、俺に叫ぶように言って、玲は凄まじい速度で走って行ってしまった。
えぇ……。どうしたんだ……。玲のやつ。
俺はそのあとも、授業の合間の時間とかに玲に話しかけてみたが、どれも逃げられてしまい結局、まともに話しかけることはできなかった。
――――そして気が付けば既に放課後。
俺は部室へと向かっていた。
……流石にもう玲と話すことを諦めた。さっきもなんだか逃げるように教室から出て行ったし。もうあれはどうしようもないだろ。
まあ、本人が誰にも言わないって言ってたし、その言葉を信じよう。
今はとりあえず、立夏に会って、話をしなくては。
自分の中で昨日のことがあやふやなままじゃ、今日も寝不足になること確定だ。
部室にいけばたぶんいるだろう。俺が部室に行くときは大体立夏がいたし。
ガチャッ
立夏の他に人がいたら話しにくいよなぁと思いつつ、部室の扉を開けるも、中にはまだ誰もいなかった。
あれ、今日はそもそも誰もいないのか。
うーん。もしかしたら待っていれば来るかもしれないし、少しだけ待ってみるか。
俺は椅子に腰を下ろした。
それにしても、眠いな……。今日の授業……先生が怖くて寝れない授業が……多かったし。
……授業中ほぼ寝てないし、……流石に寝不足が堪えている。
……だんだんと意識がぼんやりしてきていた。
せめて何か読むものでも持っていたら良かったのだが、あいにく、この時は何も読むものも無く……。
気が付けば隼は、椅子に座ったまま寝てしまった。
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――何か唇に柔らかいものが触れた。
ん、何だこれ。
少しまだ意識がぼんやりとしているせいで何が起きたか一切わからない。
寝起きの倦怠感からなかなか開けれない目を、ゆっくりと開いていく。
「うわぁっ!」
驚いて思わず椅子から転げ落ちる。
「どうしたんですか先輩。そんなに驚いて。」
見上げると、立夏が椅子から転げ落ちた俺をじーっと見つめている。
そりゃ驚くだろうよ。
目を覚ましたら、目の前に誰かさんの顔があったら。
「俺をおちょくって楽しいか……立夏?」
「あれ、おちょくっている気はなかったんですけど……。目が覚めて目の前に美少女がいたら先輩、喜ぶかと思って。」
「……自分で美少女って言うのはどうなんだよ。」
「否定しようがない事実じゃないですか。」
く……!確かに否定はしないけれども!
俺は立ち上がって、とりあえず朝から疑問に思っていたことを質問する。
「てか、お前! 玲になんかしただろ! なんか今日あいつの様子がおかしいんだけど!」
「あぁ。玲さんですか。……特に何もしてませんよ。」
そう言って、立夏は少し目を逸らした。
「……本当に?」
「んー。……少しばかり、お話は、させていただきましたけど。」
「やっぱり!!」
「少し脅しただけですよ。私は何も悪いことはしてません。」
「脅したことに変わりはないだろ!!」
「いいじゃないですか。 私と先輩のスキャンダルが学校中に広まらずに済んだんですから。」
スキャンダルって……。
「まぁいいや……。それで、あの……昨日の告白についてなんだけど――」
「その事ですが。先輩。」
立夏はきりっと改まった表情を見せる。
「私はもう先輩のことが好きじゃありません。」
「……はい?」
「だから、私は先輩の事、もう好きじゃないので。」
……分かってはいたが、やっぱりからかわれていたのか。
昨日、あれだけ悩んでいた自分がバカみたいじゃないか……。
「うん……。まあ、知ってたけど。」
なんとなく、自分でも随分元気のない返事をしたなぁと感じた。
あれ…なんで、俺は多少なりとも落ち込んでるんだ?
あれほど立夏の告白が嘘だって自分の中で思っていたじゃないか……。
それに俺は立夏のことをなんとも思っていない――。
「あ、少し言い方が間接的過ぎました。言い方を変えます。」
そういうと、立夏は自分の顔の前で手を合わせて謝るようなポーズを作る。
「昨日の告白を、無かったことにしてください。」
「…………はい?」
本日二度目の「はい?」である。
え、結局つまりどういうことだ?
結局、あの告白が嘘だったことには変わらなくないか?
「あの時は、私もつい焦って勢い余って告白しました。……流石に即答されるとは思ってませんでしたけど。」
「だから、方向性を変えます。」
「――先輩から、私に告白をしてください。」
「………………はい?」
本日三度目!いや、そんなことはどうでもいい。
さっきから立夏の言っていることがさっぱり理解できない。
「その……立夏? 俺、確かにお前の告白断ったよな?」
「はい。本当、酷かったです。」
俺が悪いみたいな言い方止めような……。
「で、なんでそこから、俺がお前に告白をするという考えに至るんだ?」
「はぁ……。これだから先輩は何時まで経っても……童貞なんですよ。」
「え、なんで俺が、けなされてるの……? てか、俺が童貞なの今関係なくない!?」
「先輩……。童貞なんですね。」
「いやっ、ちがっ…………くはないんだけども!」
否定できなかった俺を、嘲笑うかのように立夏はクスッと笑う。
「先輩の足りない頭でもわかるように言ってあげると、つまりですね先輩――。」
そう言って、立夏は俺の目を真っすぐに見つめる。
「先輩が私に告白したくなるように、これからずっと私が先輩を誘惑し続けます。」
「へ……?誘惑?」
思わず変な調子で言葉を返してしまう。
「ええ。そうです。先輩が、立夏とずっといたい……。立夏と結婚したい……。立夏との子供が欲しいって思うように。私なしでは生きられないように私に依存させてあげます。」
依存……!?俺がいままで気が付いていなかっただけで、立夏ってそこそこヤバい奴なのでは……?
「そして、先輩が私に告白をしてくれるその時まで、私は先輩のことが大っ嫌いですから。」
え、結局嫌いなの!?
「俺、お前の言ってることが、ますますわからなくなってきたんだけど。」
「はぁ……。先輩、そういうところですよ……。当たり前じゃないですか。あんな振られ方をされたのに、私がまだ先輩のことを好きだと思ってたんですか?自意識過剰にもほどがあります。」
「え……何が……?」
本気で分からないからそういってるんだけどなぁ……。
そんな俺をよそに、立夏は言葉を続ける。
「だから先輩は、先輩のことが大っ嫌いな私が、先輩の告白にOKを出すように、私をもっと好きになってください。私も先輩のことが嫌いなりに、また先輩を好きになれるように頑張りますので。」
「だから先輩……。覚悟して、くださいね?」
そういって立夏はこちらに笑いかけた。
結局俺は、立夏が何を言いたかったのかほとんど理解できていない。
けど……そんなむちゃくちゃな宣言をする彼女の姿が。
なぜか少しだけ、どうしてかは自分でもよくわからないけど。
魅力的に見えてしまった。
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「じゃ、先輩。私、今日は用事があるのでもう帰ります。」
あの宣言が終わった後、立夏は逃げるように部室から出ていこうとする。
「あ!そういえば俺が目を覚ます前、お前なんか俺にいたずらしなかった?」
俺はふと、思い出したことを質問した。
それを聞くと、立夏は立ち止まって、
「――何もしてません……たぶん。」
それだけ言って部室から出て言った。
ガチャン
部室のドアが閉まる。
最後に見えた立夏の頬が、少し赤く染まっていたように感じたのは気のせいだろうか……。
……いや、夕日のせいか。
え、たぶんって何!?
俺、結局何かされてるの!?
はぁ……まあ、いいや……。俺も今日は帰るか。
結局、聞こうと思っていたことを、ほとんど聞けなかったな……。
まあ追々聞けばいっか。
なんて思いつつ、部室を後にする。
俺はこのとき、あのときの立夏の宣言の意味をちゃんと理解していなかった。
いや、理解していたところで……という話なんだけども――。