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第1話 後輩が通してくれません

 夕暮れの部室。

 学校内2階の端の方にあるその小さな部屋から俺――空凪 隼(からなぎ はやと)は今、出ることが出来ずに困っている。

 というのも……。



「先輩がOKっていうまで、私が先輩をここから出させると……、お思いでしょうか?」



 と、言いながら、この部屋唯一の出入り口で仁王立ちを決めつつ、こちらを獲物を狙う蛇のごとく睨む少女。

 ――夕梨 立夏(ゆうなし りっか)のせいだ。



 その彼女は俺が所属している文化部(とは言っても、ほぼ帰宅部化していて、部室に来る奴の方が少ないのだが)の後輩だ。


 クラスメイトの話によると、こいつはかなりモテるらしい。告白をしようとする男子生徒もそこそこいるぐらいに。しかし、誰も相手にもされないらしく、もしかして恋愛対象が女性なんじゃないだろうかなんて噂も立つ程だ。


 まあ、その告白する奴の気持ちも分からなくも無い。立夏は、俺から見てもかなり可愛い女子だ。

 綺麗な黒髪で前髪を切りそろえたショートヘアが、透き通るような白い肌と対照的で、童顔なのも相まって、すごく似合っている。それは立夏がそもそも美形だということも影響しているだろう。ショートヘアは美人じゃないと似合わないと、どこかで聞いた気がする。

 それでいて、その童顔とは不釣り合いな大きな双丘が彼女を更に印象づけている。身長が他の女子より若干低いせいか、それの主張が激しい。




 そんな彼女を、俺だって文化部に入部してきたときは、これが接点となって、もしかして付き合えたらとかだの何だの、淡い期待を抱いていたかもしれない。

 だがそんな幻想は、こいつと接してみて、脆くも早く崩れ去った。


 俺が移動しようと立夏の後ろを通っただけで、 


「先輩、私の半径50cm以内に入らないでください。」


 から始まり……。

 顔を少しでも見ようとすれば、


「先輩、私の顔を、イヤらしい目で見ないでください。変態……。」


 などと、言われる始末。


 さらには、とことん俺を嫌っているらしく、俺が部室に来るたびに、あからさまに嫌そうな顔をされる。


「先輩、また来たんですか……。流石に、出てけとまでは言いませんけど……。」


 なんて部室に来るたびに言われる始末。


 俺も最初こそ、この立夏の発言に憤りを感じていたが、今となっては、できるだけ相手にしないように努めている。

 俺が相手にしなくなった為か、最近では立夏も俺にどうこう言わず稀にこちらを睨む程度になった。

 おかげで今は比較的、平穏に部室にいることができる。


 俺がこんな扱いを受けてまで、わざわざ部室に行くのは、そこが俺がラノベを読むのに一番適しているからだ。校舎端という事で、文化部以外の人間はあまりこないし、こじんまりとした雰囲気が秘密基地みたいで居心地がいい。

 それに、俺以外の部員はたまにきて各々、好きなことをするぐらいで、大して邪魔になるようなことはない。

 まぁ、立夏は例外だが。


 そして今日もいつものように、ラノベを部室で読んでいた。

 今日、部室に来たときは、部室に立夏しか居らず、それを見て俺も最初は帰ろうかと思ったのだが、立夏に関しては無視を決め込めばいい話だし、今読み切りたい本があったから意地でも部室で読むことにした。


 俺が本を読んでる間、立夏も何やら本を読んでいて、互いに干渉することなく、平穏な時間が過ぎていった。


 ――問題は、俺が、さて読み終わったし帰ろうと、立ち上がった時だった。






「先輩、お話があるのですが。」


「……え?」


 立夏が、俺の行く手を塞ぐ形で立ち上がり、こちらを見上げる。

 いつもなら無視して通り過ぎるところだが、立夏がいつになく、真剣な顔をしていた為、思わず立ち止まざる得なかった。


「ど……どうした立夏?」

 

 心なしか自分の声が震えている。

 俺はこの時、かなり恐怖心を抱いていた。

 あの立夏が真剣な顔をして俺に話って時点で恐怖心しか無かった。

 もしかして俺、今日殺されるの!?

 そこまで俺お前に不快感与えてた??

 もしかして最近何も言わなくなったのは、俺を消す機会を伺う為だったのか!?

 などと、どう足掻いてもバットエンドな未来が頭に浮かんでいた。


 そんな事を思っていたからこそ、次に立夏が言う言葉に、俺は反射的に返事をしてしまったのかもしれない。













「私!ずっと先輩の事が好きでした!付き合ってください!」

「え、無理。」



 立夏が言い終わるのと、俺が返事をするのがほぼ同時だったかもしれない。自分でも驚くぐらい即答だった。






 そしてしばらく、2人の間に長い沈黙の時間が訪れた……。






 ……

 …………

 ………………ッハ

 俺はようやく我に返り、今起きたことを頭の中で整理を始める。

 え、今こいつなんて言った?

 ………俺のことが好き?

 え、何、冗談だよな?

 そして俺、なんて返事した……?

 ……いや、仮に立夏が、俺に好きだと告白してきたとしても、それは断って正解だ。

 あんなに嫌われているはずなのに俺が好きだという事自体まずおかしいし、どうせ罰ゲームか何かで、俺に告白するとかそういうことになったんだろう……。


 ふと、立夏を見ると、立夏は告白をした頭を下げた状態からピクリとも動かない。




 そして、長い沈黙を破るように立夏が小さな声で、呟く。


「その、……先輩? 私今……、振られました?」


「え、あぁ……うん。そういうことに……、なるんじゃないかな……?」


 そう俺が返事をすると、立夏はゆっくりと動き始め、部室の入口まで歩き、そのまま帰るかと思いきや、こちらに振り返りこう言い放った。


「先輩がOKっていうまで、私が先輩をここから出させると……、お思いでしょうか?」


 え!?あまりにも理不尽過ぎません!?



 

 ――――そして今に至るというわけだ。



 

 とりあえず、なぜ立夏が俺に告白をしてきたのか、そして、俺がOKを出さなきゃいけないのか、一切状況が読めないが、とりあえず今は、俺の本能が早くこの場から立ち去るべきだと言っている。


「あの……。立夏?そろそろほら、暗くなるしさ。今日は帰るべきだと思うんだよね。」


 そういって俺は、立夏を避けて扉を開けようとした。


 が、その瞬間、その扉を開けようとした右腕をがっしり立夏に掴まれる。


 ん!?

 

 そして、ふわっと身体が空中に浮いたなぁと思うのと同時に、気が付くとそのまま地面に叩き落された。



「えぇぇぇ!?」


 痛いとか何よりも先に驚きの声が上がる。

 すると、立夏は、そのまま俺を起き上がらせまいと抑え込み技を決めてきた。


「ちょっ!? 立夏!?急に何!?」

「昨日、テレビでやってた柔道が役立ちました。結構簡単にできるものですね。」

「見よう見まねでこれやったの!?」

「そうです。」


 嘘は良くないぞ……!

 初心者が見よう真似でできるようなことじゃないだろこれ……!!


  

 と、というか、それよりも、き……気になることが――。


「あの、立夏さん? とりあえず言いたいことがあるんですけど良いですか?」

「先輩には発言権が一切ないですが、止む終えません。発言を認めます。」


 俺には発言する権利すら無いのか……。

 ていうか、それだと俺そもそも告白の返事できなくね……?

 というのは置いておいて……。

 

「その、言い難いんですけど……。」

「なんですか、先輩。勿体ぶらず、さっさと言ってください。」


 立夏は早く言えと言わんばかりに、こちらをじっと睨む。


「その……立夏の、む、胸が当たってるというか、その、思い切り押し付けられてるというか……。」


「…………へぁ――!?」


 俺がそう言うと、立夏は素っ頓狂な小さな悲鳴を挙げた。

 そう、この体制。現在俺は、仰向けの状態なのだが、立夏はそのまま俺の首を抱え込み、胴体を密着させる形になっている。

 要するに、立夏は不本意だろうが、俺に思い切り胸を押し付けている。

 立夏の大きさだと、ブラジャー越しでも、押し付けられればその流石に柔らかさが伝わってくる訳で――。

 そのうえ、顔が近いので立夏の息遣いが直に伝わって来るのがさらに毒だ。

 

「その……、立夏? わかったらその……、どいてくれると助かるんだけど……?」

 

 それを指摘しても、立夏は何も言わず動かずで、かなり気まずい沈黙が流れている。

 そして、この2度目の沈黙を破ったのも、立夏だった。


「――――んですよ……。」

「え、なんて言った?」


 立夏が何か言ったが、小さすぎて聞き取れない。

 俺が聞き返すと、カッとこっちを見て叫んだ。


「だから! 先輩に、わざと胸を当ててるんです!!」

「はいッ??」


 正気かこいつは!?

 顔をそんなあからさまに赤めておいて、わざとだったの!?


 「先輩の、変態……。」

 「誰が変態だ――――ってえぇ⁉」


 そう言うと、立夏が突然、体重をかけてきたせいでますます体が密着してしまう。

 

 「ちょ……立夏!?離れるどころか、むしろさっきより密着してるんだけど!」

 

 主に胸が……というのは置いておいて、とりあえずこの状況をどうにかしないと……流石に理性が持たない!


 「だって、そしたら先輩が……本気になってくれるかなって!」


 「いいから、からかうのは辞めろって!」



 「本気です――!」


 「――え?」


 立夏が俺のことを真っすぐと見つめている。私は本気だと言わんばかりに。

 俺はこの時初めて、体越しに立夏が小さく震えているのに気が付いた。

 仮に立夏の演技力が高かったとしても、嘘を突き通すために、ここまで演技ができるものだろうか?

 

 もしかしてだが……、いや、未だに一切信用はできていないが……本当に立夏は……。

  

「なぁ立夏――――」


 俺が立夏に声をかけようとした瞬間―――





 ガチャッ

 「なぁ、さっきここから、なんかでかい声聞こえたんだけど――――――――――え?」


 部室のドアが開き、そこには俺のクラスメイトであり部員の一人、高橋 玲(たかはし れい)が立っていた。


 俺は玲と目が合う。そのあと自然に立夏と顔を見合わせた。






 ……

 …………

 ………………

 しばらくの沈黙の後――。



「お、お邪魔しましたぁあ!!!」


 そう言って玲は一目散にどこかへ逃げて行った。


「ちょ……玲!誤解だって!これは違うんだって!!」

 

 そう俺が叫ぶのと同時に、すっと立夏が立ち上がる。


 「り……立夏?」

 

 「先輩……。今日はお開きにしましょう。返事はまた後日。」


 そういって立夏は恐ろしい速度で部室から出て行った。





 「ちょ、立夏!?俺もう返事したはずなんだけど!?」


 俺の声は立夏に届いたかどうか――。





 キーンコーンカーンコーン――

 最終下校時刻を知らせるベルが鳴る。

 





 気が付くと、1人ポツンと俺は部室に取り残されていた。

 

 「とりあえず……、帰るか……。」

 誰に言うわけでも無く一人ボソッと呟いて、俺は部室を後にした……。


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