序章
自分には自分が見えない事をお忘れなく。出来るのは、鏡に映った姿を覗き込む事だけ。
ジャック・リゴー
GW前のある日、私は窓際に立ち、窓から外を見ていた。
グランドの隅で生徒と教師が何やら話し合っているようだがその態度を見ると穏やかな話し合いには見えない。
遠目からでは分かり難いがJKとオッサンだろう。
何れにせよ、色恋沙汰だろうと告発だろうと関わりたくないものだ。
「ねぇ、A子、ノレイチの花って知ってる?」
いつの間にか隣りにいたK子が口を開いた。オカルト大好きなK子の事だ。また都市伝説の類かと私は内心でため息を吐く。
私は視線を教室の中へ戻して片手でスマホを取り出す。
「知らないよ。第一検索してみたけど何にも出てこないじゃない」
私は左手でスマホを操作しながらゴーゴルの検索一覧を表示させてK子に画面を見せた。唯一関連してそうなのはオッサンたちが寄り合いにしてる巨大掲示板の噂スレくらいだ。
「さすがA子。素早い。実はあたしも何の事か分からないから聞いてるんだ」
「何それ? あんた、馬鹿じゃないの?」
私は付き合ってられないで窓の外に視線を移そうとしたがK子は食い下がった。
「今流行りの謎の言葉なんだよ。それが解けたらオカルト業界で話題になるかなって思ってさ」
その一言に私は呆れ返った。自分の自己顕示欲くらい自力で解いて欲しいものだ。
「自分でやりなさいよ。検索に引っかかる物がない以上、造語でしょう。誰かが話題作りの為にやってるのよ」
「そこをクラス一の秀才であらせられるA子様にお願い致します。何卒、何卒」
K子は神社で拝むように私の目の前で両手を揃えて頼み込む。私は巫女じゃないぞ。
「ただじゃヤダ。何か出して」
どうせ、K子の出せる物でどうにもならないだろうと高をくくって吹っかける。
「一応、サニーのアイスクリームを10回奢るからお願いじゃ妾を助けてたもれ」
低姿勢で頭を下げながらK子が頼み込む。他人の知恵を借りて有名になったら不正ではないか。ホワイトボードに目をやると「愛し、理解していると思う人のことほど実はわかっていない」と現国の授業で書かれた一文がまだ消されていなかった。
今日の当番の男子を睨みつけてホワイトボードを顎で示すと彼はホワイトボードへと向かう。
「……ちゃんと奢りなさいよ」
私はぶっきらぼうに言って眼鏡を外して窓の外を見た。西からドンよりとした灰を塗り固めたような黒と灰色の混じった雲がやってきている。
この時の私は知らなかった。この雲が未来を示していた事に。この時にこんな事を引き受けなければ未来は変わっていたのだろうか──
全5章構成です