接触
ギルファ、と名乗ったエイグリズドの使徒は、大仰にマントを靡かせて陣達に目を合わせる。
「初めまして、黒髪、義眼の戦士」
「……どう言い訳しても俺の事、か」
アクイラとニールを庇う様に、陣が前に出る。
その様を見たギルファは、にやりと目を細めた。
「なるほど、確かに畏れ多くもあの御方と同じ黒の髪、偶然の一致に間違いないとはいえ、許される事ではない」
「……なんなら、この世界にやってきた勇者なんかも同じ黒髪だぞ、と助言だけはしておく」
明確な敵意。
それを感じ取った陣は背負っていた槍斧を構える。
ニールが飛び上がる用意をしながらタイミングを計り、アクイラが三角帽子を目深にかぶり、杖を掲げて詠唱の用意に入る。
いつでも戦闘に入れるように身構える三人を見て、ギルファが笑いをこらえるように低い声を漏らす。
「なんとも、血の気の多い事だ、若さゆえの未熟と言えばそれまでの事ですが」
「昨日の今日でお前ら相手に話し合いが通じると思うとでも?」
「いやいや、その考えは正しいですが、一応対話での解決を試みていると姿勢だけでも見せるのが紳士というモノでは?」
「手下を使ってこれだけ威圧しておいて、よく言う」
周りで武器を構えたまま、にやにやとこちらを舐めるように見る男達。
彼らの頭の中は、今金勘定と好色な思考で満たされているのだろう。
「さて、一応降伏勧告だけはさせていただきましょう、あなたの命は保証しませんが、お嬢さん二人は、慰み者にはなってもらいますが命の保証はいたします」
下品な笑みを隠そうともしないギルファに、ニールとアクイラが嫌悪をあらわにする。
しかし状況が不利な事に間違いはない……どうするか。
「命惜しさに、私たちが服を脱いでアンタらに向かって尻を振るとでも思って?」
「……私の全ては、ジンくんのもの、もうお前達なんかに、指一本触れさせない」
最初から交渉などはしていない状態だが、とりあえず交渉決裂。
殺気が四方から膨れ上がり、アクイラのかざした杖の先端に魔力が集まる。
「風の守り」
彼女が呟くと同時に、猛烈な風が巻き起こった。
放たれた矢の悉くが、風によって叩き落される。
次の矢をつがえるまでの短い間、ニールが弓を構えた内の一人を正確に射抜き、周りの目がそこに集中した時に陣が槍斧を構えて敵中に飛び込んだ。
ここで自分が不甲斐ない戦いをすれば、ニールまでもがアクイラの様に……
それは許容できない、その思考が陣を支配し、戦いの恐怖も、人を殺す事の嫌悪感も忘れさせた。
戦いを厭う様に施された教育は、彼と彼の大切な人を守らなかった。
だから陣は、意図的にその教えを無視できるよう、訓練を続けていた。
「ふっ!」
まるで強く息を吐いたかのような、短い声。
それと共に振りぬかれた槍斧は、エイグリズドの使徒の一人の腹を裂く。
腸が流れ出る腹腔を信じられないような目で見る使徒の一人を蹴り飛ばして転倒させると、振りぬいた槍斧の遠心力を利用して体を回転させつつ、腰に履いているショートソードを引き抜き、勢いのまま投擲する。
投擲用の剣でなければ、まともな投擲の訓練もしていないため、本職であるマリグナやネレッドがやるように綺麗には飛んでいかないが、それでも次の矢をつがえようとしていた男の妨害には成功し……体勢を崩した所をニールが眉間、心臓を正確に貫いた。
二人倒すと包囲網には穴が開いたと言っても良い隙ができた。
全員で一丸となってその穴を走り抜ける。
「逃がすなっ!」
ギルファの声が鋭く響き、無数の矢が陣達を追う。
そのほとんどはアクイラの作り出す風の障壁に阻まれ、わずかに届く矢も人体を貫く威力には程遠い。
アクイラとニールを先行させて、殿を務める陣は、時折振り返り、敵の足止めを行う。
そんな陣を気にして歩調が緩みがちになるアクイラをニールが引っ張っての逃避行。
それは10分もしない内に終わりを告げた。
エイグリズドの使徒達の上空から襲い掛かる強烈な風圧。
それによって体勢を崩した者が、倒れながらも振り返ってみた先には……。
羽毛に覆われた巨大な翼を持つ竜が、今にもブレスを放とうとする姿があった。
「リーンヴルム!」
『おっしゃ!』
リーンヴルムとレティシアの間に、余計な言葉は要らない。
わずかな呼吸、目くばせ……そんなもので二人は互いのやりたい事、してほしい事を理解し、最適の行動をとる。
長い間共にいたからこその、コンビネーションが繰り広げられた。
一方で、その攻撃の標的となった者たちからすればあまりにも酷い、と言える強襲だったに違いない。
竜使いが放った矢が、はるか上空で魔術の効果により数十の小さな矢に分裂し、それが一つの群れとなって使徒達を襲う。
走ろうが、隠れようが意味はない。
ギリギリまで引き付けて、風の魔術で自分を横に跳ね飛ばした奴は、一度回避に成功したものの、直ぐに追尾してきた矢によって、文字通り矢襖にされて死んだ。
残った矢が、飛び続ける限り自らの主の敵を追い続け、さらにそれから逃げる事を許さぬとばかりに、竜鳥の羽ばたきが逃亡者達の足を鈍らせる。
予想外の強襲から逃げ回るうちに、陣達はウルリックとの合流に成功した。
それに気づいたギルファは舌打ちをすると逃げを打つ。
まだ戦いは始まったばかり。
ここで命を懸けるなどは馬鹿のする事だと言わんばかりの逃げっぷりだった。
「ジン、深追いはするな、決着をつけるべき時は、来る」
「判ってます……アイツが、エイグリズドの使徒……リースを殺した、相応の責を持つ者……!」
ウルリックの言葉に頷く陣の目には、それまでとは違う炎が浮かんでいた。