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遭遇


 それは誰もが意図せぬものだというならば、宿命というモノは相当に底意地が悪いに違いない。

 陣が決して奪われたくないと思ったものは、全て、彼にはどうしようもない所で彼の手からこぼれ落ちていく。

 今、隣で眠る少女は、そんな宿命や運命と言った類のものから、なんとか身体だけは奪い返す事が出来たに過ぎない。


 年頃の娘の滑らかな肌に指を走らせる。

 頬を撫で、鎖骨を擽り、乳房の縁を添うように滑らせて。

 脇腹、臍、下腹、そしてその下の……


「ジン……くん」


 目の前の少女の唇から、笑うのを堪えているような声が漏れる


「くすぐったいよ」

「ごめん、起こしちゃったか」


 もぞもぞと体を動かし、少女、アクイラが陣に向かい合う。


「……あ」


 少し視線を下にやり、何かに気付いたアクイラが、艶のある笑みを浮かべる。


「……夜明けまではまだ時間、あるよ?」

「うん」


 おいで、と腕を広げる娘に、青年は覆いかぶさった。


***


 翌朝……

 アクイラは衣擦れの音で目を覚ます。うっすらと開いた目の視界では、陣が服を着終わった所だった。


「おはよう、ジンくん」

「おはよう、アクイラ」


 毛布を胸元まで持ち上げただけの格好でしっとりと微笑むアクイラの姿、それを見た陣がベッドに腰かける。


「とりあえず、今日の調査で一端切り上げ、だね」

「そうだね、本格的に調べる為にも、この状況は伝えなきゃいけない」


 ん、とアクイラがストレッチでもするかのようにのびをすると、その拍子に胸元を隠していた毛布が落ちた。

 頬を赤らめ、慌ててあらぬ方向を向く陣に、アクイラがくすくすと笑う。


「昨夜は、あんなにしっかり見てたし、触ったり吸ったりしてたのに」

「い、今はそういう状況じゃないよ」


 ふふ、と笑いながら、アクイラもてきぱきと着替えを済ませていく。

 鎖骨や内腿のうっ血は、陣の付けたもの。それら一つ一つを、アクイラが愛おしそうに撫でつける。


 陣にも、アクイラにも判っている。

 この関係は、危ういもので……砂上の楼閣に過ぎないものだ、と。

 その上で、ふと下腹に手を当てたアクイラは言葉に出さずに願う。

 どうか、彼の証が自分の内に宿っているように、と。


***


 アクイラにとって、陣は「不思議」だった。

 まるで魔力を感じない、そんなヒュムネに彼女は初めて出会った。

 しかし、その目の内に渦巻く魔力の兆候に、軽く混乱を覚えたりもしていた。

 魔力の制御どころではない、魔力がほぼ無いか、暴走かの二者択一しかない存在など、初めて見た。

 それが魔力を封じられている、とかではなく体質だと判った時にはもうあらゆる感情が一周してとても疲れていた。


 これまであまり話す事も無かった同年代の異性相手に「不思議」は「好奇心」に変わっていった。

 自分の中に生じた好奇心を満たす為、アクイラは陣と良く話した。

 やがて、好奇心は「思慕」へと変わっていく。

 思慕は、アクイラ自身すら思いもつかなかった行動力を彼女に与えた。


 レティシアに取り付いたナイトメアとの戦いで、陣を失うかもしれないという恐怖にかられ……そして、南街の崩壊。


 折れ、壊れかけた心を支えてもらおうと、彼に全てを許し、委ねた。

 それが間違っていたかどうかは、自分自身にすら判らない。


 ただ、これまでに経験のなかった男女の交わりは、アクイラの心を、ぬるま湯に浸すように温めていった。


 そこへもってきて、強姦され、輪姦されている所を、想い人に見られるというこれまでの幸せを帳消しにするかのような不幸。

 しかも、心折れ、売女の様に自ら腰を振り、声を上げ、咥え込んでいる様を、陣に見られた。


 捨てられる、そんな思いがこれまでよりも強い恐怖となってアクイラを襲った。

 それ故に、彼女は今使える唯一の武器……己自身を差し出して、陣の心を繋ぎとめようとした。


 それがどんなに歪んでいると知っていても、それしかないのだから。

 卑しい女、と言われて否定はできないと思いながら、アクイラはふと鏡を見る。

 鏡の中で、少女が一人、苦笑いを浮かべていた。


***


 準備が終わり、陣とアクイラ、ニールの3人がスリーマンセルで探索を開始する。


「アクイラ、ニールさん、ここ」


 陣が指さした先に、エイグリズドの使徒の来訪を示しているであろう、聖印が描かれている。

 怯えたようにアクイラが陣に抱き着き、ニールが周辺に目を光らせる。

 アクイラを抱きとめる陣も、周囲を警戒する。

 こうなるのは仕方がない、アクイラはそのエイグリズドの使徒達に強姦されたのだから。

 恐怖を感じるな、と言って無理がある事だろう。

 大丈夫、とアクイラを抱き寄せ、後頭部を軽く撫でる。

 三角帽子の上からでも、彼女のさらさらの髪の質感が判った。


「……ジン、くん……」


 うっとりとしたアクイラの声に、ずっとこうして居たいという欲求が陣の中に生まれる。

 しかし、そんな事をしている場合じゃない、という感覚の方が勝ったようだ。


「町に戻ってから、ね?」

「うん……」


 そんなやりとりを聞いていたニールが、はぁ、とため息を吐く。


「それは良いとして、気を付けて」

「……!誰か、来る」


 その気配を感じ取ったニールと、さりげなく張っていた魔力の網が何かを検知した事を感じ取ったアクイラが同時に構える。


「おや、もう少しで手早く終わらせる事ができたのですがね」


 そこに現れたのは、ぞろりとしたローブを身に纏う、神官らしき男。


「お初にお目にかかります、私は偉大なるエイグリズドの使徒、ギルファと申します」


 仰々しく一礼して見せてから、そいつが指を弾くと、どこに隠れていたのか、エイグリズドの使徒達がそこかしこから機械弓を手に顔を出してきた。

 数えるのも面倒くさくなるほどの人影が、機械弓を陣達に向け、引き金に指をかけた。

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