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 人のいなくなった街に、鈍色の雨が降る。

 アクイラの言に従って、皆で適当な建物に入り込む。


「……こりゃ、暫く続きそうだな」


 ウルリックが雨戸を閉めるのに合わせて、陣が蝋燭に火をともす。

 暗く澱んだ雲に遮られた太陽は、すでにほぼ沈みつつあった。


「灰色の雨だなんて、聞いたこともないサね」

「……マナ、魔力が過剰に蓄積されてる影響……ここまで濃くなると、生命に、悪い影響が出る」


 穢れた雨が、地に降り注ぐ。

 結局のところ、助かった者は居ないだろう、というのがアクイラの見解だった。


「五千人……少なくとも、南街に居ただろう五千人以上が、死んだ……」

「アクイラ、あれをどうしろってのよ、実際どうしようもないでしょ?」


 もしかしたら、遺跡への侵入時か、魔導竜炉と戦った時に何か不味い事があったかもしれないとふさぎ込むアクイラの傍で、ニールが元気づけようと声をかけ続ける。


「実際、なにかトラップでもあったとしたら、お嬢ちゃんにはどうしようもないサね、斥候が居てなにも気付かなかったんだ、魔術師にそれを判れってのは無理があるってモンさ」


 横から、マリグナも一緒になって声をかけている。

 一方で、陣の方もふさぎ込み気味であった。


「……知り合いか?」

「……えぇ、まったくの成り行きから、でしたけど……」


 陣の隣にウルリックが腰を下ろし、一言問いかける。

 同じく帰ってきた一言に静かに頷き、そのまま「どうする?」と目で問いかける。


「とりあえず、今日は休みましょう……幸い、この部屋は使っている人は居なかったようですし」

「そうだな、いずれにせよ、雨が降っている間は出られない」


 帰ってきた現実的な返答に、少しばかり眉根を寄せる。

 雨は、降りやむ気配を見せてはいなかった。


***


 部屋数は多いので、自然と何部屋かに別れて休むことになった。

 無論危険では、との意見もあったが、毒の雨が降り続ける中、何かが来る確率は低いだろう、という判断だ。


 夜中、陣は寝付けず、なんども寝返りを繰り返す。

 思い出されるのは、リースの事。


 可愛らしい笑顔。


 元気いっぱいに自分を引っ張りまわす姿。


 こちらを誘う、蕩けた様な表情。


 一糸まとわぬ姿で、抱きしめる事を求めて腕を広げる姿……。


 思い出す内に反応している自分自身に、若干辟易していると、扉が控えめにノックされる。

 股間が目立たないようにしながら、扉を開けると、そこには寝間着姿のアクイラが立っていた。


「……ごめんね、遅くに」

「いや、俺も寝付けなかったから」


 アクイラが持ってきていたワインを温め、それにスプーン1杯のはちみつと、少量の香辛料を入れた飲み物を2杯作って持ってくる。

 一つは陣に、一つは自分に。

 二人で、何も言わずにコップに口を付ける。


「ねぇ……ジンくん……昼間、探しに行った人って……」

「恋人とかではないけど……良くしてくれた人がここに居たんだ」

「……そういう、お店の人?」

「エルムでね……ひどい目にも沢山遭ってきたみたいだけど、それを感じさせない位、いい子だった」


 思い出してぽつぽつと語る陣の話を、アクイラがじっと聞く。


「……今も、思い出してた……の?」

「うん……」


 それを聞くと、アクイラが陣の隣に座り、体を密着させるように身を寄せた。


「……辛いよね、お互い」


 今日は、互いが互いに、キツい事が多かった。

 自らの腕に感じる柔らかい胸の感触に、ドキドキしながら、陣は小さく頷く。

 破壊を招く兵器の発動を止められなかったアクイラと、大切な人を失った陣。


「ねぇ、ジンくん……」


 酒の勢いもあっただろう、しかし、まだ17程度の若者が受け止めるには、あまりにも大きく重い現実に……。


「今日は……思い出してする、だけじゃなくて……いい、よ?」


 せめて、互いに救いを求め、温もりを感じたいと思ってしまう事は、それほどに非常識な事だろうか?


「今は……ジンくんだけの、アクイラだから……」


 頭の中を何もかも塗りつぶすような興奮と感情、それに身を委ねてしまう事は、ただの逃げである事は違いない。しかし、この状況で精神的な逃避を求めずに居られる者が、どれだけ居るだろうか?


「……ジンくんの好きなように、めちゃくちゃにして、わすれさせて?」


 その誘惑と、そこから来る欲求に耐えられるほど、陣は大人ではなかったし、アクイラも大人ではなかった。

 大人でも、子供でもない中途半端な年齢の、しかし、獣の様な熱と、既に十分に相手を求めていることを理解している感情は、素直だった。

 陣は何も言わずにアクイラの服の裾から手を挿し入れ貫頭衣をたくし上げる。

 アクイラは、下着を付けてはいなかった。年若い娘の滑らかな、健康的な肌が陣の目に映った。


「……見たい?」

「……うん」


 陣の言葉に、「はい、どうぞ」とアクイラが胸を隠していた手を退ける。

 服の上からでもはっきりと判る大きさの膨らみが、陣の目の前にさらけ出された。

 彼女の豊かな胸に触れる。

 掌に余る大きさの胸の向こうで、アクイラの心臓が興奮と緊張と喜びに音高く鳴っているのが判った。


「アクイラ……」

「ジン……くん……」


 胸に顔を埋める様に自分を押し倒す陣を拒否せず、受け入れて。


「忘れさせて……この悪夢を……」


 アクイラは、そう囁いた。

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