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惨状


 陣達の乗った船が南街へとたどり着く。

 一見すると、街は何も変わっていないように見えた。

 建物に傷は無く、壊されてもいない。

 しかし、異質だ。誰もがそう思い、警戒をする。


「妙、だな」

「そうね……魔力が、濃すぎる」


 ウルリックの呟きに、ニールが答える。

 彼らの言う通り、人が住むところとは思えない、膨大な魔力の残渣が町全体に渦巻いていた。

 無人の南街を、警戒ながら広場へと進む。

 そして、そこで彼らは、終わりの牙という兵器がどんなものか、知る事となった。


 建物の壁に、道の上に、まるで人の影のように残る何か。

 この町に、こんな趣味の悪いアートは無かったはずだ、と思いながら陣は進む。


「……やっぱり……ここで炸裂した……」


 アクイラが、街のほぼ真ん中、広場の噴水近くで動きを止める。

 陣の中にある知識が、警報を鳴らす。

 もしもそうだとしたら、と疑念が頭をよぎる。


「アクイラ、違っててほしい、と思いながら聞くんだけど……」

「……あってる、よ」


 他の誰もがその会話の意味を理解できない中、それを聞いた陣は弾かれたように走り出す。


「あ!ジン待って!!」

「……どういう事だい?この人型がなんだってのサ」


 レティシアが制止をかけるが、陣はその声も聞こえないかのように走り去る。

 混乱しながら、マリグナがアクイラに問いかける。


「……この人型は、元々人だった」


 アクイラは、言葉を選ぶようにそう言った。


***


 陣は走る。一人の少女を求めて。


 彼女と一緒に歩いた小路を駆け抜け。


 一緒に足を水に浸して遊んだ水辺を飛び越え。


 一緒に座ったベンチの前を走り去る。


 屈託なく笑う笑顔。


 少し慌てた表情。


 軽く頬を膨らませて拗ねる顔。


 それらを、陣ははっきりと覚えている。


 彼女が務めている店の扉を開けて、中に入る。


 そこに、店で働く女性たちや、常に何人かは飲み食いしている客の姿はなく。


 床に、壁にいくつもの人型が残るのみだった。


「っ……!」


 奥歯に力を入れて、既に半ば以上確信と化した悪い予感を振り払って、陣は店の奥へと歩を進める。

 こういう店に努めている女性は、基本住み込みだ、とリースから聞いたのを思い出したからだ。彼女も、ここに住んでいる、と。

 リースの名前が書かれた部屋を見つける。


「リースッ!」


 名前を叫ぶように呼びながら、扉を開ける。

 当然、それには何の反応もなく……あけ放たれた窓から虚しく風が吹き込んでいた。

 陣は室内を探索する。

 店に出るときに着ていた服が、干したままになっている。


 この服を着たリースに迎え入れられ、ベッドに腰かけて少し話した後、甘く囁く彼女を押し倒す。

 その時の事を、陣は鮮明に思い出していた。


 そして、陣は気づいた。


 気づいてしまった。


 部屋の壁に、リースを切り取って張り付けた様な、影が残っていることに。


「あ……」


 認められなかった。認めなくなかった。


「あぁ……」


 頬に当たる部分に触れても、冷たい壁の感触がかえるだけ。


「うわあああああああああああああああああああああああっ!!」


 彼女を抱きしめた時の記憶が鮮明によみがえる。

 少し恥ずかしそうに、嬉しそうに抱き返してくれた感触は覚えている。

 服を脱がす時の恥ずかし気な表情も。

 胸を触った時の甘い吐息も。

 差し入れた時の、熱さも、柔らかさも。


 甘美な思い出は、まさに今、思い出の中だけのものとなってしまった。


***


「あ!ジン待って!!」


 走り出した陣を追いかけようとして追えず、レティシアが「あぁもう!」と吐き捨てる。


「で、アクイラ嬢ちゃん、どういう事だ?この、人型が人だって?」


 とりあえず、今その場にいる全員が効きたいであろうことを、代表してウルリックが問いかける。

 それに対して、アクイラは一つ頷く。


「終わりの牙、というのは愛称、正確には「高分裂型魔導弾道弾」が正しい……詳しく話すとキリがないから端折るけど、要するに純粋な魔力の爆発のみを広範囲にまき散らす巨大な爆発魔術の媒体だと思って」

「マナの、相互崩壊?」

「うん、高圧縮されたマナに、人のマナが耐えきれなかった」


 レティシアがつぶやいた言葉に、アクイラが頷く。


「建物にマナは殆どない、だから、建物は無事……生物だけが、こうなった」

「……なかなかに、笑えないな」


 その意味を悟って、ウルリックが唸る。

 都市機能を殺さずに敵国民のみを殺し、駐留を容易にする。

 その上で移民用に待機させてある市民を送り込めば、さしたる労もなく新たな生産拠点を作り出す事もできる。

 細かい違いや不都合は、後々直していけばいいのだから、侵略、侵攻においてこれほど良い武器は無いだろう。その是非はともかくとして。


「……実際、笑えない」

「規模は、どれ位になるんだ?」


 ウルリックが続けて尋ねると、アクイラは天を仰いで呟く。


「南街、全域は余裕で効果範囲内」

「そうか……」


 ともすれば、この街はどんなによく見ても全滅。

 我知らず、ウルリックは聖印を握り、瞑目した。


***


 全員で、絶望的と判りながら生存者を探す。

 途中で陣が合流した時、彼は、手に小さな髪飾りを持っていた。

 敢えて誰もが何も言わず、彼がその髪飾りを遺体代わりに「埋葬」するのを静かに見守っていた。


「……行きましょう、まだ生きて居る人も居るかもしれない」

「あぁ」


 呟く言葉に、ウルリックが答える。


「……行くなら、急いだほうがいいサね……すぐに、雨が降る」


 マリグナの言葉に、アクイラが慌てたような声を出す。


「いけない……すぐに、雨の当たらない場所に、行こう」


 全員で、近くにある建物に避難した。

 ほどなく、マナを多量に含んだ鈍色の雨が、降りだした。

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