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崩壊


 その日、南街は曇り空だった。

 どんよりと垂れ込める厚い雲は降雨を予感させ、そこに暮らす人々は雨具の用意をどうするか朝から悩まされている。


「今日は、客足そんなでもないかもね」


 建物の窓から外を見るエルンの女性が呟く。


「雨、降りそうですもんね」


 同じく外を見て答えるのは、エルムの少女。

 リースが少しばかり曇った表情で外を見る。


 雨は、多くの人々が予感した様に振ってきた。

 昼頃には、いまだ止む気配を見せない雨雲を鬱陶しそうに見上げる何人かが、確かにそこにいた。


 不意に、轟音と共に雲の一部が消し飛ばされたかのように丸く晴れる。


 そして全ては消滅した。


***


 水中から打ち出されるように金属の球体が浮かび上がった。

 それは一度水面から躍り出た後、浮袋を一斉に広げ、再度水面に落ちる。

 何度も大きく揺れながら、それでも転覆する事無く安定を保ったのは、それだけ設計がきちんとされていたという事だろう。


 最も、中の人間が席に着く間もなく打ち出される状況は想定していなかっただろうが。


「い……てて……」

「ったく……最悪の乗り心地サね」


 ウルリックをうまく盾に使って壁への衝突を避けたマリグナが愚痴りながら立ち上がる。


『あ、相棒……重い……どいて……』

「お、重いのはあんたが小さくなってるからでしょ!?」


 こちらも衝撃でもつれたか、押しつぶされたリーンヴルムが苦しそうに言った言葉に、レティシアが真っ赤になって反論する。


「づぅっ‥‥…!?」


 一方で、吹き飛ばされた先の壁と抱き上げていたアクイラに挟まれる形となった陣の頭の上から、アクイラが息をのむ音が聞こえる。

 彼女の目には、今まさに完全に重なろうとする二つの光点が映っていた。

 1秒の間もなく、光点は重なり、消える。

 その意味を、アクイラは正確に理解した。

 理解できてしまった。


「あ……あ……っ……」


 がくりと膝から力が抜け、倒れかけた所を陣に支えられる。


「アクイラさん……?」

「どう……しよう……!南街が……!」


 その言葉が、酷く鮮明に陣に届いた。


***


 したたかに打ち付けて痛む体に鞭打って、上面の扉を開けたのはニールだった。

 空が見えると同時に、出来る限り高くへと昇り、周囲を見回す。

 果たして彼女の目には、地面へと落ちていく一筋の雲が見えていた。

 アクイラの話していたことを思い出し、ニールは顔色を失う。


「そんな……」


 もしも、本当の事だとして、その実情が判るまではどれだけの時間が必要か。

 それはもはや、誰にもわからなかった。

 網に繋いだロープをリーンヴルムに持たせて、とりあえず岸まで行こうと準備をしている所に降り立ち、見た事をそのまま伝える。

 間違いなく全員の動きが止まった。

 街一つを灰燼も残さず消滅させるほどの兵器、それが南街で炸裂したと、誰もが現実を理解できていなかった。


 それを最も早く「感覚として」理解したのは陣だろう。

 南街には、彼の仲間であるフービット、ネレッドが居るはずだ。

 そしてもう一人、陣に「女の子」を教えてくれたエルムの少女、リースも。


 信じられなかった、いや、信じたくなかった。

 しかし、事実としてあの兵器は発射され、着弾は確認されている。

 それでも、もしかしたら生きているかもしれない。陣はそう何度も思い直す。

 広島、長崎でも、全ての人が死んだ訳ではないと。

 そう、彼はまだ、終わりの牙が核か何かと同じようなものだと思っていた。

 ここがどこで、この世界に何があるか……彼の意識は、意図的にその情報を省いてしまっていた。


***


 岸へ上がった一同は、息吐く暇もなく鉄工街へと戻る。

 遺跡まで行くのに使った道を竜車を飛ばして戻り、街の入り口を守っていた門番をひどく驚かせた。


 竜車を戻し、船着き場で情報を集める。

 当然のごとく目立った情報は得られなかった。

 鉄工街の人々が、それに関する情報を驚愕と共に受け取るのは、翌日の事となる。

 陣達の出立はそれよりも早い。


「いたよ!船を出してもいいって奴サ!」


 どんな伝手を使ったのか、マリグナが一人の男を連れて陣達に合流する。


「ちょいとばかり値は張ったがね、今は速度が肝要だろう?」

「そうですね、何よりも時間が惜しい」


 全員で8万ギルダ、帝国貨でいうなら紅瑠璃貨4枚を支払うと一同は船上の人となる。

 三本のマストに三角帆を張り、時期的に逆風となる風を受ける為蛇行しながら、船は一路南街へと向かう。


***


 南街……

 完全な破壊を受けたはずの町は、その町としての景観を保ったまま存在していた。

 しかし、そこにあるべき人々の騒めきはない。

 代わりにあるのは、無数の影。


 その中を、ローブ姿の男が歩む。


「ふ……ふふ……これぞ偉大なるエイグリズドのもたらされた軌跡!驕れる傲慢と怯懦の町に神罰を下されたのだ!!」


 その声に応えるように、地下道の入り口や、建物の地下室から、同じローブを纏った人々が現れる。

 彼らの身に光るのは、エイグリズドと呼ばれる「例外の神」の聖印。

 多くの存在から、邪神と蔑まれる神。


「見よ!神は我らに新たなる地をもたらされた!!」


 ローブの男が仰々しく腕を上げ、叫ぶ。

 答えるように、多くの人々が腕を突き上げ、叫んだ。



 我らは、自由だ と。

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