それを見た神官の言葉
重い音を立てて、それが闊歩する。
大きさはおよそ成人男性と同程度、卵を横倒しにしたような胴体から、逆関節の足が2本。
胴体横に張り出した肩から伸びる腕は、両方ともそのまま機械弓となっている。
胴体の先端に張り出した二つの水晶球が、恐らくセンサーの役割をしているのだろう。一見ユーモラスな印象すら与えてくる。
それが引き連れる小型の方は、中型をそのままダウンサイジングしたような姿だ。
違いは、片腕が爪となっており、その外側には槍のついた盾が装備されているという事。
金属兵達から少し離れて、マリグナが身を隠している。じっくりと距離を見定め、タリスマンを一つぶら下げる。
口の中で呪文を唱えるとタリスマンが炎に包まれた、それを振り回して勢いをつけ、投擲。
十分な勢いと共に投げつけられた八面体の水晶は、そのまま床に落ちると共にその一帯を炎で埋め尽くした。
金属兵達が炎に巻かれているにも関わらず、足を止めて敵を探す。
その間にマリグナは仲間たちが待つ地点へと逃げ出し……同時に、肌寒さと感じた。
次に行動したのはアクイラ。
燃え盛る炎の中にいる金属兵めがけ、極低温の限定的なブリザードを叩きつける。
赤熱するほどに熱せられた金属が急激に冷やされ、一部の金属兵は足が圧し折れて転倒する。
炎が消えたタイミングで術は解かれ、同時にウルリックが飛び出す。
その手に握るのは、愛用の巨大槌。
ウルリックの存在に気付いた金属兵の内、動けるものは迎撃しようと振り返り……足に大槌の一撃を喰らう。
本来一度の打撃などものともしないはずの金属は、いとも容易く砕けた。
中型が後退しながら照準をウルリックに定める。
機械弓そのものとなった腕から放たれたのは、矢ではなく火球。
それに気づいたウルリックは遮蔽物を利用して逃げ回る。
その反対から、陣が飛び出した。
金属兵の腕が片方陣を向き、炎を連続して打ち出す。
陣はそれに対して防御も回避も選択せず、そのまま突っ込む。
打ち出された炎は、確実に陣を捉え……そのまま、消え去った。
陣にダメージはまったく与えられていない。
巻きあがる炎を突き破る様に飛び出してきた陣に、金属兵は対応できない。
突き出された槍斧は、中型の腕に直撃。シリンダーを捻じ曲げ、まともな動作を不可能にした。
「ふっ!」
槍斧を引き戻した勢いをそのまま使って、今度は横なぎに薙ぎ払う。
ブレードが脆くなった金属の腕に叩きつけられ、その衝撃で中型の腕が圧し折られる。
後方へ退く陣を追って、中型が向き直り……
「こっちをほっとくたぁ……つれねぇ、なっ!!」
それは、ウルリックに無防備な背後を晒す事となった。
その隙を見逃すウルリックではない、逆関節の足を横から殴りつける。
それだけで、足は歪み、中型の金属兵は転倒した。
追撃しようとするウルリックに小型が襲い掛かるが、その尽くがレティシアの放った弓で叩き落される。
「見た目は兎も角、便利ね、これ」
彼女が番える矢は、通常の鏃ではなく、先端に金属の錘が括りつけられていた。
形状的に相手に刺さる事はあり得ないが、金属の様な硬い相手には有効な、衝撃のダメージを与えられる。
問題を上げるとするならば、ほとんど飛ばない、という事だろう。
しかし、彼女はそれを精霊魔術の併用によって補っていた。
風を纏わせた矢が、何本も金属兵を叩きつける。
鏃が刺さるダメージが無くとも(そもそも金属には刺さった所で意味はないが)衝撃のダメージはそのまま内部に伝わる。
急激な温度変化で脆くなった内部機構に、その衝撃に耐えうるだけの余裕は存在していなかった。
***
最後の金属兵が、ウルリックの振り下ろした槌を受けて、甲高い衝撃音を悲鳴代わりに動きを止める。
「これで、全部か」
ふぅ、と息を吐きながら、再度辺りを見回して動いている敵がいない事を確認すると、ウルリックは中型の残骸に向かう。
それは、足をへし折られて転倒した時の衝撃で内部機構をぐちゃぐちゃに破壊され、完全に動きを停止させていた。
その残骸を見て回り、陣がなにやらごそごそとやっている。近くにいるアクイラとニールは半ば見学だろう。
「やっぱ、ここから魔力を流して、この……魔石?」
「魔導石」
「そう、それ……これ使って火を打ち出してたんじゃないかな」
「そうなると、使うにはこれ毎持ち運ばなきゃって事?」
よいしょ、と言いながらニールが中型金属兵の腕……その機械弓部分を持ち上げる。
「魔導石はコレが魔術もどきを使う為の魔力の源、みたいな使い方だと思うから……ニルが撃つ分には普通に魔力を込めてやればいいと思う……よ」
「さっきの奴の武器か」
頃合いかと声をかけたウルリックに、三人が振り返る。
「あぁ、ウルリックさん、お疲れ様」
「おう、掃除はおおむね終わったぜ」
機械弓を弄っていた輪に混じって、ウルリックもしゃがみ込む。
「魔道具か、陣に炎ぶっ放してた奴だな……話だけは聞いてたが、実際に目にするととんでもないな、お前の体質」
「よく言われます」
この機械弓から放たれた炎は、決して侮れるものでは無かったはずだ。
だが、陣はそれを打ち消した。
なんの防御も、魔道具も利用せず。
本人から「魔術が効きにくく、ある程度のものなら無効化する」体質だというのは聞いている。その為に魔術が上手く使えないという事も。
しかしあれは……地面に転がった同胞の残骸を溶かしてしまうほどの、どんなに弱く見繕っても中位に位置するだろう魔術に類するものをなんの防御もなく打ち消すとなれば……。
「ジン、少し良いか?」
「ええ、良いですけど……?」
一言断りを入れると、ウルリックはタリスマンを手に詠唱を開始する。
「神の御手よ、傷つき者に癒しの加護を」
ぽう、と陣の腕に光が浮かび、そのまま収まる。
何をしたか、に気付いたアクイラが眉をしかめた。
「ジン……お前、プリエスティエも弾くのか?」
「えぇ、魔術、魔力であれば」
「……なんつー無茶を……」
これまで、ウルリックは「最悪回復の魔術は効く」だろうという前提で立ち回りをしていた。
実際、害意や悪意……つまり攻撃魔術を最低限弾く、位の奴はいる。そんな奴でも回復魔術が効かない、という事は無かった。
だが、陣は違う。魔術・魔力を「無差別に・完全に」ある程度の強さまで弾く。
それはいざという時、回復魔術でのリカバリーがほぼ不可能である事を示していた。
「……前に出るな、と言って聞くお前じゃねぇよな」
はぁ、とため息一つ。意を決する。
「いいか、ジン……絶対に致命傷だけは喰らうな、大出血もだ」
魔術で即座の回復ができない、それは戦闘においてとても厳しいハンディキャップだった。