同道の困難、旅路のきっかけ
年若い娘は準備に時間がかかる。
どんな種族でも変わらない事の一つだ。種族ごとに理由の差はあるが。
それはアクイラやニールも変わらない。
長く旅をして種々の経験を積んでいる二人であっても、着る物には気を遣うしちょっとしたお洒落を楽しんでいる。
「ニル、お尻見えてる」
「あ、やっぱ短い?けど裾、あんまり長くするのもなぁ」
カトールの裾を調整して、スカート代わりにできないかと挑戦中のニールが、鏡とアクイラの前でくるくると回って見せる、風圧でふわりと大きくたなびくスカートの中は、確かに丸見えになっていた。
そしてニールは下帯は付けない、腰骨で結ぶところが気になって集中を殺がれるらしい。
この世界、陣が想像するような女性用下着は存在しない、ゴムはなく、冶金技術もブラに使うようなワイヤーを量産するには至らないからだ。
「大人しくスカート巻こう?」
「結局、そこが着地点よねぇ……」
言いながら、ニールは愛用の巻きスカートを取り出す。
「なんかこう……短いスカートと合わせても問題ない位の、動き阻害しない服ってないかなぁ」
「……物はそれを必要とする人の苦悩から出てくるものだよ?」
「そーいう発想系、期待しないでよ」
腰ひもを撒いて、そこに長方形の布を通し、足の間を後ろから前に回して、垂れるように調整する。最後に、布がずれないようにしっかりと腰ひもで縛り付ける。
「これはなかなか……なんか、お尻側が食い込んで変な感じ」
動いた拍子に少しお尻に食い込んでいる布を、指先を使って伸ばす。
「なんか、えっちな仕草」
「うっさい、というか、アクイラも巻けたのね、コレ」
ニールにタイミングを合わせて、アクイラも着衣を脱いで褌そのものとしか言えない下着を巻き付けていた。
「尻尾が邪魔にならない、から……便利、かな」
「あ~、そか、布巻くより融通利くんだ」
二人でしばし相互評価。結果としては「シンプル・イズ・ベスト」
「まぁ、これでニルが不用意に飛び上がるたびに、ジンくんが鼻血噴かなくなるのはいい事」
「うっさい、まぁまじまじと見られたくも無いけど」
裸になると身体的特徴は種族特徴以外人間とそう大きく変わらない二人は、やたらと初心な同道する槍使いを思い出してため息一つ。
こうして、ニールやアクイラが下着を付ける事になったのも、概ね彼が原因である。
これに関しては、下着類が発達していないという技術的問題と、二人が物がない時は無理に付けないタイプである事と、高校男子の性欲という問題が見事に混ざり合って発生してしまった珍事、と言えるだろう。
なお、二人が締めている褌は、試作品として陣が縫ったものである。
家事が一通りできる女子力高い系男子の効果が、悪い方で発揮された……と本人は思っている一幕であった。
***
鉄工街における女神教の勢力範囲は広い様で狭い。
その為、一部地域を除いてこの辺りには亜人を迫害しない雰囲気のある場所もまだ残っている。
このような鉱山街には、概ねヒュムネよりもドゥビットの方が多くなる傾向がある、女神教においてヒュムネの他、エルン、ドゥビット、フービットは女神の加護と寵愛を受けた種とされており、言ってしまえば「人権のある」種だ。
ここには、少数ながらそれ以外の種族も暮らしている。
現状、彼らは攻撃される事もなく排斥される事もない。
それがいつまで続くかは、文字通り神のみぞ知る、という所だった。
ともあれ、この鉄工街での女神教の拠点となる大聖堂では女神降臨が主な話題となっていた。
証として届けられた「神の御髪」はその神気を感じ取った高位の神官によって本物であると確認され、現在神殿騎士の警護の元、総本山への移動待ちとなっている。
それを見ている神官が一人、とても複雑そうな表情を浮かべている。
「神官リアラ、どうしました?」
「あ、司祭長様……」
彼女、リアラは急に声をかけられた為か、一瞬驚いた後、わずかに微笑む。
「女神さまの御髪が、無事に総本山にたどり着きますように、と」
「そうですか?それにしては少々浮かない表情をされていたようですが?」
年老いた、と言っても差し支えない年齢の司祭長に心配されて、リアラはほんの少し困り顔を浮かべる。
「女神様の御髪が本物である証の為に、総本山に一度戻る事になったのです、勇者様や仲間たちも一緒に来てくださるというのが、嬉しい反面、申し訳なくて」
「ふむ」
本当に申し訳なさそうな年若い神官の肩に手をやり、老司祭長は言う。
「神官リアラ、君は良い仲間を持った。いつも傍に居てくれる……そんな仲間に出会える事はそうそうないのですよ」
「私もそう思います……司祭長様?一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?私に答えられる事ならば良いのですが」
わずかな躊躇い、それを振り切る様にリアラは続ける。
「私は、女神様をこの身に受け入れた時、神託を賜りました……それは、今の女神教の教えは、女神様の教えからはかけ離れているというもの……早晩、変化した教えから新たな女神が生まれるだろう、と」
「……なんと」
「司祭長様、それは、真なのでしょうか?私が……私たち信徒が信じてきた教えは、間違っているものなのでしょうか?」
縋るような少女の言葉に、老司祭長は真摯に耳を傾け、深く頷いた。
「神官リアラ……それを知る術が、一つだけある」
「え?」
しゃがみ込み、視線を合わせて……
「帝国の遥か北、北辺のはずれにノア・エンペリオというかつての教会の跡がある、そこへ行ってみなさい」
「……はい」
少女が頷く、それを見て老司祭長も頷き、ゆっくりと離れた。
一礼し、去っていく少女の後姿を送り、声が届かない頃になってから……
「……さて、どうなるか」
彼は、誰に言うでもなく呟いた。