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教会と神の御髪


 鉄工街。

 南部連合に隣接する位置にありながら、アーティルガ帝国との融和政策を前面に押し出しているこの町は、現在実質的な帝国の保護下にある。

 大陸南部における女神教の布教拠点の一つともなっており、都市南部に建てられた聖堂は、この地域における女神教の重要拠点だ。


「という訳で、どーいう事だか俺に呼び出しがきてなぁ……」


 食事時、言い辛そうに口を開いたのは神官戦士のウルリック。


「いや、向こうの方から破門って形で三行半突き付けて来たんでしょ?」

「なんか用事がありゃ、正式に使者出してくりゃいいのよ、それか依頼って形で話持ってくるか」


 すっぱりと無視を決め込むようにと口をそろえるニールとレティシア。

 亜人迫害と人間至上主義を掲げ、女神の名の下に正義を遂行すると自称する宗教集団である事は知っているので、陣も何も言わないが視線は二人と同じことを物語っていただろう。


「まー一応、程度のものだとは思うが……女神リアラの顕現の事があるだろ?」

「あぁ、情報を欲しがってるって奴ですか」


 目的の遺跡までは2日ほどかかる為、諸々の用意を開始した所でこの呼び出し。

 流石に、間の悪い教会め……という感情が誰の表情にも浮かんでいる。


「とりあえず……こうなるかもってな具合に渡されてるものが有るんで、それを持ってくつもりではいるが……」


 言いながら、ウルリックが懐から布を取り出す。

 高い身長の、屈強な偉丈夫が取り出すには、あまりも女性的なデザインの……ハンカチに包まれた一房の髪。

 それが、女神リアラの髪だという。


「いや普通に神官のリアラさんの髪でしょ、それ」

「いやそうなんだけどな?本人の本来の分じゃなくて、女神が宿った時に女神に合わせるために伸びた分だそうだ」


 実際に目の前で切ってもらい、切った分、リアラの髪が伸びているのをウルリックも確認している。

 だからこれに関しては、本物だと言い切れはするのだが……。


「まず普通には信じないやな、信じたら信じたで絶対取り上げに来る。いやそもそも証拠が必要そうなら教会に渡してください、ちょっと調べればすぐに判ります、とか言われたから持ってるんだが」

「……女神リアラの力が、駄々洩れしてるね、それ」


 言われて、マナを見たのだろう、呆れきった声でアクイラが言った。


「なんかまずいのか?」

「まずいというより、本人の雑さ、かな……」


 このまま放っておいても、2千年や3千年は雑に持つから、と言葉を続けると、ウルリックも頭を抱える。


「多分、あの女神様、掃除ベタで細かい作業苦手だね」


 はぁ、とため息一つこぼして、ウルリックは髪をハンカチに包みなおし、カバンにしまう。

 そう言えば、聖書に記されている女神リアラの行動は、世界を作ったり大地を裂いたり、豪雨を際限なく降らせたりと雑なものが多かった気がしたが、あえてそれを口に出すことは無かった。


***


 ともあれ、ウルリックの立場上無視はできず、かと言って陣やアクイラ達が女神教の神殿に顔を出すわけにもいかず。結果としてウルリックは一人で教会を訪れていた。

 ウルリックを知る神官は、「破門されたはずの者がなぜここに」と胡散臭げな表情を隠そうともしない。

 そんなウルリックを待っていたかのように歩いてくる男がいた。


「……久しいな、ウルリック」

「あなたも、お元気そうで……グリム司祭長」


 巌の様にいかめしい表情を前に、ウルリックは居住まいを正して礼をする。


「最後にあったのは、お前が教会を放逐された時か」

「えぇ、それから長い旅をしてきました。私は今でも、あの時自分が間違ったことをしたとは思っていません」

「それは当然だ、お前の行いは正しかった」

「……は? 」


 思わず素の声が出たウルリックを真正面からみて、グリム司祭長がもう一度いう。


「あの時、お前の選択は正しかった、教皇の指示があった、と教会の者まで皆殺しにしようとした赤狗たちが間違っていたのだ」


 女神教の司祭長が、古い事とは言え間違いを認めた。それを理解してウルリックは茫然自失となる。


「……あの、言っちゃなんですが教会に何かが?」

「女神様の声を聴いた、という神官が何人も現れてな、私もその声を聴いた一人だ」


 あの女神様なにやっとんの。

 ウルリックは心の中でツッコんだ。いくらなんでもやりすぎの域だろう。


「で、神の御髪を迎え入れに来たわけですか」

「その通りだ、それに、こちらから呼んだとはいえ、それを破門された者が持っているというのは教会の権威に関わる」

「はぁ……」


 結局それか、とウルリックは達観した目を向ける。

 変わりやしない、どれだけの事をしても、形だけ修正を試みるだけで、根の部分は何も変わらない。


「司祭長、私は女神と直に言葉を交わし、現在の女神教の教えが間違っている事を伝えよと……」

「ウルリック、今の女神教の教えは間違っていない、それはただの事実であり、誰がどう思おうと変えられぬ事なのだ」

「しかし!私は現に!!」

「ウルリックよ、仮に、仮にだ……お前が本当に女神と言葉を交わして今の教えが間違っている事を告げられ、その証として神の御髪を賜ったのだとしよう」


 食い下がるウルリックを睨みつけ、グリムが続ける。


「それを告げたとして、どれだけの混乱が起こると思う?教会が割れ、戦いが起こるぞ」


 それは判り切っていた事だった。

 今の女神教は、亜人や半人を徹底的に攻撃する事でなんとか纏まっている。

 全体が一つとなって動くことが出来るように、教義が歪んでいく事には目を瞑り続けてきたのだ。

 教会の名の下に担保している商業的な特権と迫害による優越感、それが女神教を纏めている。


「……ウルリック、誰もが、聖殿の騎士の様に強くは無いのだ」


 そういうグリム司祭長の瞳には、明確な諦めが浮かんでいた。


「いずれにせよ……神の御髪は教会で扱っていたほうが良いだろう」

「権威付けにはピッタリですからな」


 やや皮肉った口調のウルリックに、グリム司祭長はため息をついて見せる。


「それだけではない、神の御髪を教会に反する輩共が持っている、となれば、それを奪い返そうと躍起になる者たちも出てくるのだ」

「それ、言っちまっても良いんですか?」

「構わん、血の気の多い連中は都合のいい所しか聞こうとしないからな、適当に話を作っておけば暫くは大人しくなる」


 ふぅ、と息を吐くグリムの姿は、昔よりも疲れているようにウルリックには見えた。

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