マレビトと異世界と エピローグ
この世界は「エレメント・スフィア」
高校生、双牙陣はどういう訳かこの世界にやってきてしまった「マレビト」であった。
この世界になぜかやってきてしまった彼は、一人の少女と出会い……。
彼女との別れが、旅の始まりを告げる鐘となった。
そして今、彼の「最初の旅」が終わりを告げようとしている。
***
陣はついに鉄工街にたどり着いた。
オラムレイト山鉱山が巨大化して生まれたこの鉱山街は、巨大化と共に工業の町となっていき。
やがて誰かが言い出した「鉄工街」という愛称が、そのまま巨大都市の名前となった。
「えっと……とりあえず鉄工街の行政を司る人に、グルスからの親書を渡さないとな」
鉄工街への目的を思い出し、友人から預かったこの町への親書を、取り出しやすい位置に入れ替える。
「地面を掘り進み、溶岩すら泳ぐバケモノか……しかも塔の様にでかいとなりゃ……間違っても相手したくねぇな」
「実際、恐ろしいですよ。知性は無いようでしたが、その巨大さと破壊衝動が全てを補ってます」
「どう思う?」
『オオケラの変種……にしちゃ変わりすぎだよな、しかもそんな攻撃衝動の塊みたいな生物なんて……』
各々が感想を言い合う中、竜車は鉄工街へと入り込む。
そこは、陣にとって驚くべき場所だった。
種々多様な建物が煙を噴き上げ、巨大な鉄製の機械がゆっくりと動く。
「……蒸気機関……!」
「ありゃぁ……俺ぁ初めて見るな、ジンは知ってるのか?」
「下の方で火を起こして水を沸騰させ、そこから出てくる蒸気を集めて動力を起こしてるんですよ」
「そりゃつまり……どーいうこった?」
ウルリックはいまいちピンとこなかったらしい、聞いていたニールが顔を覗かせる。
「えっと……お鍋でお湯を沸かしてる時に、上に布巾がかけてあったら揺れる、みたいなもの?」
「なんだそりゃ?そんなもんで何が……」
「……集めて、出口を細くして、勢い、増してる」
続けて顔を出したアクイラが口をすぼめてふっと息を吹き出して見せる。
「風と、炎、水……精霊達が圧をかけられて吹き上げられてるわね」
最後に外を覗きに出たのはレティシアだ、こちらは精霊たちの様子を見ているらしい。
「で、そのじょうきを噴き上げて……あぁ、水車の水の代わりに、湯気を使って軸を動かしてるのか」
一部、機構がむき出しになっているものを見て、ウルリックも得心が行ったようだ。
実際はもっと複雑だったような気がするが、確か概ねそれで間違っていなかったはずだと思ったので、陣もそれに頷く。
「にしたって……ここは木が少ないのね、なんか、街の外もやたら平地だったし」
「少し……けむい」
吹き出される煙に、アクイラが顔をしかめる。ニールも若干だが空気が気になる様だ。
「ここに来るまで、沢山の切り株がある場所がありました、多分……燃料にするのに伐採したんでしょう」
「……そんな、それじゃあの辺一帯は元々森か何かって事?」
「蒸気機関は燃料を大量に食いますからね、薪を燃やしてるならなおの事、でしょう」
森に暮らす種族として思う所があるのだろう、レティシアが何か言いたげにしてから、口を紡ぐ。
多少方向性は違っても、アクイラとニールも同じような表情だった。
***
鉄工街、犯罪者収容施設の最下層。
そこに、一人のエルンが繋がれている。
長い事牢に繋がれ、光を浴びる事もなく……。
それでも、その男の目から光が消えることは無かった。
そこに、一人のヒュムネがやってくる。
その身なりは彼の地位が決して低くはない事を表しており、老いたと言える表情はその地位を守る事すら、困難である事を表しているかのようだ。
「のぉ、ミューレイ……お前さんの趣旨替えが無理なのは判っとる……だがそれでも、あの森の連中に場所を明け渡してくれるよう説得する事を頼まれてはくれんのか?」
「……」
「鉄工街で燃料、建材としての樹木の需要は高まっておる、あの森の木々があれば半年はこの街で高騰が起こることは無い」
「……君たちが切り開いた森は、300年をかけて育ってきたものだ」
「それでも木だろう、放っておけばまたすぐに生えてくる。それよりも街を支える事の方が急務なんだ」
老人の言葉に、ミューレイと呼ばれたエルンが顔を上げる。
「精霊の森は我々エルンの居住地にして聖地だ、そこを穢さない事は我々とこの町の間で長い間守られてきた」
「時代が変わったのだよ、古い慣習と慣例に囚われていては進歩は望めない、そして進歩を諦めてしまえば、我々は北方のアーティルガ帝国になすすべなく飲み込まれるだろう」
それも間違いでは無かった。アーティルガ帝国の南征の拠点として、存続を許されている鉄工街がエルン達の味方をしては、アーティルガにこの地を滅ぼす許可書をサイン付きで差し出すようなものだ。
「それこそ、人間の理ではないか、我々エルンにはかかわりのない事だ」
「……このやり取りも何度目かな、私としては慣れたものだが、帝国の……特に教会の人々には我慢ならないものに映るようでな」
何かを諦めるかのように、老人は息を吐き。
「女神教の聖騎士隊と、帝国軍による精霊の森討伐が行われることになった」
「!!」
その一言に、ミューレイは息をのみ、目を見開いた。
***
そして陣は、運命に巻き込まれていく。
ヒュムネとエルン
帝国と南部連合
精霊の森と鉄工街
マレビトは何を思い、何を行い、何を成すのか。
いずれにせよ、物語の幕は一度降りる。
再び、戦火がその幕を上げるまで。