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それぞれの路


 朝霧の中を、勇者一行が行く。


「良かったのかい?せっかく出会えた同郷で、しかも学友だったんだろう?」

「同郷ではありますが、行く先が逆方向ですよ。それに、言ってしまえば学友だっただけです……名前も思い出せましたが、話した時間は多分こっちで出会ってからの方がこれまでの合計より長い」


 アルフの言葉に、将司が肩をすくめて答える。

 実際、教師に問題視されない程度に仲がいい(=会話などほぼしたことは無いが問題は起こっていない)位の間柄だったので、お互い別れるときはあっさりしたものだ。


 ただ、レネットとあいさつを交わしたときの、普段と違う表情を、将司は見逃しては居なかった。

 もし、今後双牙陣と戦う事になったとき、レネットという存在が、カギになるかもしれない。


 それはまだ誰にも言わず、将司の胸の内に秘められていた。


***


 勇者一行が出発してしばし後。

 陣達は鉄工街に向けて最後の準備を整えた所だった。

 竜車に荷物を詰め込み、最後に残ったレティシアに向け、陣が手を伸ばす。


「さ、行こう」

「……いいの?」


 どこか影が差した表情で問うレティシアに、陣の背後から顔を出したアクイラが言う。


「その不安は無意味、だよ?最近知ったけど、ジンくんは人の認識が雑」

「雑て」

「いや、お前さんは雑だと思うぞ?認識」


 流石に抗議の声を上げようとする陣の発言は、横合いから飛んできたウルリックの言葉によって封殺された。


「でなきゃ、この面子で旅しようとは思わねぇや」


 呵々大笑する神官戦士の言葉に、只管首をひねる陣。

 それを見てぽかんとするレティシアに、ニールが語り掛ける。


「ああいう奴が、誰かを邪険にする所って、見た事無いわ」

「そんなお人好しなの?」

「いいえ、認めて、信じるの」


 面白そうにいうニールの姿に、レティシアは軽く頭を抱える


「最悪ね」

「それに、きっと彼の中では、ドラグナムとか、エルム、エルンとか、関係ないのよ」


 少しだけ目を細めて、ウルリックとじゃれる陣を見ながら、ニールはそう結んだ。


「それ、常識と節操がないだけって言わない?」

「かもね、けど……可愛いって思わない?」


 呆れるレティシアの背が押される。

 手を取られて、竜車に引っ張り込まれる。


『丁度いい機会じゃねーか、相棒。さっさと坊主に礼言って、ぼっち性質治すの考えてみたらどうだ?』

『うるさい、リーンヴルム』


 リーンヴルムの煽りに軽く頬を膨らませ、それを陣に見られていたと気づいて赤面する。


「あ、えっと……その……ありがとう、ね、助けてくれて」


 細い、蚊の鳴くような小さな声が、陣の耳に届いた。


「気にしなくても大丈夫ですよ、ああいう時、助けるのは普通の事です」

「いや普通じゃないから言ってるの、ホントに命の危機すらあったんだからね?」


 どんな善人だって、自分の命を天秤にかけてまで他人を助けようとはしないだろう。よっぽどの理由がない限り。

 レティシアから見て、陣はその危機感がとても欠けているように見えた。

 空虚な部分を、そうする事で埋めているかのような不安定さ。と言っても良いかもしれない。


「なんにしても、私はあなたに命を助けられた、だから、借りを返すまで一緒に行くわ」

「いや、それは……」

「ジンくん……それは、受けるべき、エルンが他種族に命を助けられたら、そのエルンはその人の命を救うまで、共にいる……それは、エルンという種族の根底に伝わっている事、だから」


 唐突な言葉に困惑する陣に、アクイラが助け舟を出す。


「だから、固辞するのはかえって失礼、受け入れるのが吉……だよ」

「そういう……もん、なんでしょうね」


 あぁ、と軽く息を吐き、改めてレティシアに手を差し出す。


「常識にも世間にも疎い奴ですが、一緒に来てくれますか?」

「……当然でしょ、それに、姉さんの事も……貴方となら違う見方もできるかもしれない」


 そう言って、陣の手をレティシアが握る。

 弓使いのしなやかな長い指と、滑らかな肌の感触に、陣の胸が僅かに高鳴り……


 ぎゅっとお尻を抓られる感触に横を向く。

 視線の先で、陣を見ないようにしながらアクイラが膨れていた。


「……えっと……アクイラさん?」

「デレデレ、して……」


 なにか拗ねている。それを見て口元を押さえて笑いをこらえるニールと、最早大笑いを隠そうともしないウルリック、そしてぽかんとした後何かに気付いてニールと同じく笑いをこらえるレティシア。

 なにがなんだか判らない陣だけが、取り残されていた。


『……ジンさん、知人のサキュバス紹介して、少しばかり女心のレクチャー、してもらいますか?』


 陣が腰にぶら下げているアクセサリーから、「囁き」が聞こえた。


「シャルル、余計な事しないで」

「そうそう、横から見てるだけの方が面白いんだから」

「ニル……!」

「きゃー♪」


 馬車の中で杖を使ってニールの頭をぽこぽこと叩こうとするアクイラと、微妙に届く距離できゃあきゃあと笑うニール。


「お嬢さんがた、ちょっと大人しくしててくれ、出発するぞ」


 ウルリックが出発を告げ、竜車がゆっくりと動き出す。


 当初の目的地、鉄工街への最後の道行きが始まった。


「で、鉄工街まではどれくらい?」

「この調子で何事もなけりゃ、丸一日って所か」


 アクイラの杖から逃げてきたニールが、御者席の隣に座りなおした陣の肩越しに地図をのぞき込みながら訪ねると、先ほどまで地図を見直していたウルリックが答える。


「ここからは、街道、だから……特に大きな問題はなく進めるはず、だよ」


 反対側の肩越しに地図をのぞき込み、アクイラがチェックを入れる。


『リーンヴルム、上から一応索敵、お願いね』

『おう、任されて』


 レティシアに促され、リーンヴルムが上空へ飛び立つ。


 もうすぐ旅は終わり、また旅が始まる。

 陣の行き着くべき先は、まだ見えない。

ようやっと、陣は当初の目的地、鉄工街へとたどり着いた。

しかし、それは陣の旅の終わりを意味するものではない。

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