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悪夢


「危ない所でした、が、状況は私に味方したようですね」


 宙に浮き、さも楽しそうにナイトメアが言う。

 その周りには、何人ものレティシアが弓を構えている。


「さ、どうします?流石にこれだけの矢をかわす事はできないと思われますが?」


 ナイトメアの言っていることは正しい、陣は次々と放たれる矢の嵐を超えて相手に接近できるような技量は持っていない。


「……」

「それが出来る出来ないは兎も角、実際にしてしまったら、この娘さんはどうなるでしょうねぇ?私は、獲物を変えればそれで済む話ですので、悪しからず」


 ちらりと、レティシア達の配置を目で追ったのを読まれたか、と陣は内心舌打ちする。

 ナイトメアにとって、レティシアは武器にして人質。たとえ犠牲を厭わず襲い掛かって来たとしても、使い捨てのそれを次々ぶつけてやるだけでいい。

 翻って陣は、彼を殺しに来る無数のレティシアを誰一人として傷付ける事無く、ナイトメアをどうにかしなければならない。

 ここが心の中なら、かすり傷一つで何が起こるか判らない。

 四方八方から向けられる殺気、放たれた矢から身を守るには……


 そう考えた時、強烈な風が吹いた。

 ふわり、と風に乗る様に現れたのは、純白のローブを身に纏い、大きな三角帽子を被り右手に身の丈程もある杖を手にした魔術師姿のレティシア。


「大丈夫?ジン」

「レティシア……なんで、ここに?」

「ここは私の心よ?私が行きたいと思えば行けるし、私があると思えばある」


 陣の手を引き、立ち上がらせる。

 杖が霞の様に消え、陣とレティシアはナイトメアに向き直る。その周りには、無数のレティシア。


「私は、心の守りだからね」


 それが聞こえたのか、ナイトメアの雰囲気が僅かに変わる。


「だから、こういう事もできるの」


 片手をあげると、魔力が渦巻く。口にするのは、詠唱ではなく、呼びかけ


『おいで、リーンヴルム』


***


 言葉と共に、暴風が巻き起こった。

 風の中に散らばるのは、羽根。その一つ一つが、水飛沫と陽の光にきらきらと輝く。


 大鷲の様な頭と翼、竜のシルエットを持つ羽毛に覆われた巨体。

 グラフ、と呼ばれる巨大な竜がレティシアの呼びかけに答えるように現れた。

 咄嗟に放たれる無数の矢は、竜の羽根を貫く事すら叶わない。

 いつ、どの時代においても竜は最強の味方であり最悪の敵なのだ。

 翼を広げたリーンヴルムが大きく羽ばたく。放たれた風が暴風となってレティシア達を薙ぎ払った。

 「風の息(ウィンディア・ブレス)」多くの竜が口からそれを吐き出すが、グラフ達は羽ばたきによってそれを使う。

 吹き上げられたレティシア達は、悲鳴を上げる事もなく、粉雪の様に砕けて消えていった。

 レティシア自身が行った行動であれば、心を必要以上に傷つける事もないようだ。状況を見守るナイトメアにわずかな狼狽が浮かぶ。


「まさかまさか……心の縁とは言え、これほどの召喚を行えるとは思っても居ませんでしたよ。精霊種との契約者だと判っていれば、相応の対応をしたのですが」


 レティシアの最後の一人が倒れるに至って、ナイトメアはまるで称えるように拍手をしながら告げる。

 ぐるる……と唸りを上げるリーンヴルムの足を、レティシアが宥める様にぽんぽんと叩く。


「それが、出来ると思う?」

「出来るかどうかは、結果をご覧あれ、という所ですね」


 にやりと笑って、ナイトメアが懐から何かを取り出す。それはまるで黒く塗りつぶした宝玉の様なもの

 それを地面に落とすと、地面から沸き立つように、レティシアが現れる。


 銀の髪をポニーテールに縛り、軽鎧に身を包み、ロングボウを構えた……陣のよく知るレティシアが


「取り急ぎ、このような趣向などいかがでしょう?勿論、彼女も心の一部、殺せば死にますのでご安心を」


 大仰に礼をしながら、くすくすとナイトメアが嘲笑う。


「……なら、そいつも送り返すまでよ」


 応じたのはレティシアの方が速かった。杖を振りかざし、突き付けると、リーンヴルムがそれに従う様に襲い掛かる。

 吹き荒れる暴風は、彼女を一撃のもとに吹き飛ばす……陣はそう思い……暴風というのもはばかられるほどのブレスの渦中、平然と弓を引く姿に愕然とする。

 放たれた矢は直撃こそしなかったものの、リーンヴルムのブレスを霧散させた。

 ただ一条の矢が、竜のブレスを押し返したのだ。


「ほんと、惜しい物ですねぇ、彼女はこれくらいの事が出来る才能があるというのに、その境地に至る事ができない」

「戯言よ、耳を貸さないで」


 レティシアがぴしゃりと言い放ち、ナイトメアを睨みつける。


「……こっちは見つけたってのに、早く来なさいよ……!」


***


 その頃、シャルルは陣を追って夢を駆け下りていた。

 普段の自分ならば、絶対にしないような速度で、夢を心との境界ギリギリへ駆け下りる。


(ジンさんもレティシアさんも、無理をしていないと良いのですが……)


 近くから感じる陣の気配、レティシアも近くにいるようだ……そしてシャルルがそこに到達するのは難しい。

 そこは、レティシアの心の底からたまたま浮かんできた、原風景の一部。

 誰もが、最早無意識のうちにしまい込んでいる、最も強い願い。


(ただ、そこに居るなら……ナイトメアを叩き出す手段は、まだ使えるはず)


 そこは、誰もが望む「希望」の集まる所。

 人の持つ、全ての可能性はそこから出てくるのだから。


(ならば、私のやる事は)


 原風景へと近づくシャルルは、一つ、強く胸の内に誓った。

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